米中新冷戦で2020年に見ておくべきリスク 脆弱な「第1段階」停戦合意の後、何が残るのか

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アメリカの世論が動きだすリスクもある。デモ活動が収まらない香港で事態収拾のために中国政府が弾圧を本格化した場合である。例えば、中国人民解放軍(PLA)が事態鎮静化のために出動し、デモ隊と衝突し死傷者が出るなどの事態が起きると、アメリカでも大きく報道されるであろうし、天安門事件を想起させ、アメリカ国民からの批判は避けられない。

これが、いずれはかつての南アフリカ・アパルトヘイト問題で見られたように、中国への投資を控える動きが出たり、2022年の北京・冬季オリンピックなどの文化・スポーツイベントに対するボイコット運動が始まるリスクもある。

停戦とはいえ、第1段階合意も予断許さず

第3に米中貿易戦争の根底にあるのは技術覇権でハイテク冷戦に突入しているため、予断を許さない。軍事転用品目など安全保障上の懸念だけでなく、ファーウェイ問題に象徴されるように経済的な競争力の観点が大きい。だが、トランプ政権が単独でデカップリングを進めた場合、国内の研究開発投資などが不十分な現状では、アメリカが世界から孤立するリスクがある。したがって、急速なデカップリングの動きはないと思われる。

ただ、アメリカ政府は対米外国投資委員会(CFIUS)に基づく投資規制や輸出管理規制などの強化により、中国への技術の流出を防ぐ試みを始めているが、2020年以降にこれを本格化させることで中国との緊張関係が高まることも想定される。

12月15日、ライトハイザーUSTR代表は86ページに及ぶ米中合意内容は最終であり、あとは翻訳や法律と照合させ精査するのみだと語った。しかし、2020年1月の署名までは米中合意が決裂するリスクはまだ残されている。実際、これまでも米中貿易交渉では合意が発表された後に破棄されたり、延期されたりしたケースが4回もある。

初回は2017年7月で、鉄鋼過剰生産対策についてウィルバー・ロス商務長官が中国側と合意した内容をトランプ大統領が却下。2回目は2018年5月、スティーブン・ムニューシン財務長官が中国側と大枠協定で合意した内容を大統領が却下。3回目は2019年4月、間もなく合意するとされたものの中国の強硬派による反対で決裂。そして4回目は同年10月、部分合意を発表するも実は交渉を開始したにすぎなかったというケースである。

「米中問題を追うだけで、一生食べていける」、ワシントンのあるアナリストは米中新冷戦が長引くことをこう表現した。アメリカが中国に対し交渉過程で提示した要求事項の約3割は、中国共産党による一党独裁体制維持という前提の下で、中国が決して譲歩できない内容だという。仮に「第1段階」合意が署名に至ったとしても、両国の異なる政治経済体制からどうしても埋められない溝が残らざるを得ない。2020年も米中対立からは引き続き目が離せない。
      

渡辺 亮司 米州住友商事会社ワシントン事務所 調査部長

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わたなべ りょうじ / Ryoji Watanabe

慶応義塾大学(総合政策学部)卒業。ハーバード大学ケネディ行政大学院(行政学修士)修了。同大学院卒業時にLucius N. Littauerフェロー賞受賞。松下電器産業(現パナソニック)CIS中近東アフリカ本部、日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部、政治リスク調査会社ユーラシア・グループを経て、2013年より米州住友商事会社。2020年より同社ワシントン事務所調査部長。研究・専門分野はアメリカおよび中南米諸国の政治経済情勢、通商政策など。産業動向も調査。著書に『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』(共著、文眞堂)。

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