しかし、牛乳の現状は厳しかった。「10年以上前に比べ牛乳の消費額は約2割減。ユーザーも高齢者やファミリー層に固定化しています」と、天川さん。牛乳離れを食い止めるにはどうしたらいいのか――そこで着目したのが、昨今のパンブームだった。
パンが好きな人は、20~30代と若い女性が多い。彼女たちに刺さる牛乳を作ればユーザーが広がると考えた。「ベーカリー業界も少子高齢化で縮小傾向。お世話になってきた業界を盛り上げたいという思いもあり」(天川さん)、ここをターゲットに定めたそう。
また、調べてみると、「牛乳を飲むときにパンを食べる人は7割、しかしパンを食べるときに牛乳を飲む人は3割」という事実が判明。つまり、牛乳とパンに親和性はあるものの、牛乳はパンのお相手として積極的に選ばれているわけではない現状が見えた。
どんな牛乳だったらパンと一緒に飲みたくなるのかを探るべく、同社はパン愛好家にグループインタビューを行った。すると、「牛乳は濃厚なものが好き。でも、濃厚な牛乳は、パンの味を消してしまう」といった意見が多く集まったという。これを基に、「コクがあるのに後味すっきり」をコンセプトとした、パンの味を引き立てる牛乳の開発が始まった。
原料の生乳は、北海道の酪農家との提携で調達できることに。課題は、コクをそのままにどうスッキリさせるかにあった。コクがある牛乳は最後に口内がネチャっとするが、実はこの後味は加熱しすぎたときに生じる臭みなのだそう。「この加熱臭を出さずスッキリとしたフレッシュさを残すためには、優れた加熱殺菌の技術が必要でした」と天川さんは話す。
そこで、同社は、2018年1月にベルギーのピュアナチュール社と技術提携した。1988年に創業し、牛乳やバターなどの有機製品を製造して欧州各国に展開している企業だ。
カネカは、牛乳を加熱する際の温度と時間を丁寧に調整する彼らの製法に注目した。とくに、味の決め手となる加熱技術に優れているという。しかし、彼らの繊細な製法を実施するのは簡単ではなかった。「まず、既存の設備を改造する必要がありました。さらに改良した機械を使い、ピュアナチュール社の品質を再現するまでも時間がかかりましたね」と、天川さんは振り返る。
思惑どおり、パン好きを魅了
試行錯誤を経て完成した牛乳は、ベーカリー業界とのつながりを生かし、首都圏や関西のパン屋約300店舗で販売を開始。すると、「スッキリ飲みやすいのにコクと甘みがある」「パンのうまみや風味が引き立つ」と好評で、30~40代の女性を中心としたパン好きを魅了した。販路が限られている特別感や、ターゲットにストレートに訴求するわかりやすいネーミングも購買を後押ししたに違いないが、反応は想定以上だったという。
パン好きが集まるイベントへの出店も大当たり。初めて参加した「青山パン祭り」では、ブースが大盛況となり3時間で完売。インスタ投稿も増え、パン好きの間で認知がいっそう広まったという。
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