日本が「韓国文学」から受けたすさまじい衝撃 編集者たちが見る「ブームの背景」

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井口:原文がすごく淡々としているということですが、事前にK-POPのファンの方が注目しているという情報が入ってから、斎藤さんが若い読者のためにより読みやすく、手を加えてくださいましたよね。

斎藤:普段は、形容詞や動詞が少しわかりにくいかなと思っても、これをきっかけにその言葉を知ってほしいという気持ちから使ったりしますが、この本は若い方たちがストレスフリーで読めたほうがいいかなと思って、少し、後から変えたりしました。

ただ、小説の文体じゃないから難しいんですよね。「キム・ジヨン氏、キム・ジヨン氏」と連発するじゃないですか。「キム・ジヨンさん」でもいいのですが、全部「さん」で訳してみたらベタベタして読みにくかったので、カルテだからということもあって「氏」のままにしました。今でも「これでよかったのかしら」と思うことがあります。

井口:「さん」よりも「氏」だから客観的に読めるんですよね。

斎藤:最初は違和感があると思います。入っちゃうとスッと読めるんですが入るまでが大変。とにかく変わった文体だから苦労しましたね。

韓国の社会背景を知ってもらうために必要だった解説

坂上:あと、伊東順子さんの解説がすごくよかったですね。

『82年生まれ、キム・ジヨン』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

斎藤:適切な解説がないと絶対この本は成り立たないと思ったので。キム・ジヨンというのはどういう人なのか、小説だけ読んでも、時代背景や韓国社会の変化を知らないとわからない。私にはこの本の解説は書けないので、最初から伊東順子さんに頼もうと思っていました。

井口:『キム・ジヨン』に至るまでの経緯や、この本をきっかけにフェミニズムがいかに盛り上がったか、伊東さんが詳しく書いてくださって。解説の反響もすごく大きいですね。

斎藤:私が知っている範囲で、伊東さんほど韓国社会を知っている人はいないんですよ。いろいろな本や記事を読んだあと、伊東さんの解説を聞くとなおさらよく理解できるので、「絶対あなたしかいないから」と説き伏せて書いてもらったら、案の定とてもよかったです。

「韓国・フェミニズム・日本」特集で評判がよかった「韓国文学一夜漬けキーワード集」でも、伊東さんにたくさんの項目を執筆してもらいました。

(次回に続く)

井口 かおり 筑摩書房編集者

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いぐち かおり / Kaori Iguchi

単行本、文庫などを編集。編集した書籍に、『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳)など韓国文学や、『らりるれレノン』(ジョン・レノン、佐藤良明訳)、『きみを夢みて』(スティーヴ・エリクソン著、越川芳明訳、ちくま文庫)など英米文学、野口晴哉『整体入門』『風邪の効用』(ちくま文庫)、ブレイディみかこ、大友良英、松本哉のエッセイ集などがある。

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斎藤 真理子 翻訳家

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さいとう まりこ / Mariko Saito

訳書に、パク・ミンギュ『カステラ』(共訳、クレイン)、『ピンポン』(白水社)、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出書房新社)、ファン・ジョンウン『誰でもない』(晶文社)、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』(亜紀書房)、チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、ハン・ガン『回復する人間』(白水社)などがある。『カステラ』で第1回日本翻訳大賞を受賞。

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坂上 陽子 河出書房新社編集者

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さかのうえ ようこ / Yoko Sakanoue

2003年、河出書房新社に入社。「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」など単行本編集を経て、2019年1月より『文藝』編集長を務める。担当書籍に『想像ラジオ』(いとうせいこう)、『民主主義ってなんだ?』(高橋源一郎×SEALDs)、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子)、『居た場所』(高山羽根子)、『どうせカラダが目当てでしょ』(王谷晶)など。

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