「手紙で人を口説く達人」秀吉の筆まめ文章術

相手を「感動させる」という点に優れていた

この長谷川秀一という人物は、父親も織田家に仕えた武士で、本人は信長の小姓から出世し、つねに信長の側に控えて、隠然たる影響力を持っていました。現代の会社にたとえるなら、社長に長く仕えた秘書といえるでしょうか。とはいえ、ランクからいえば、織田家の方面軍司令官=最高幹部の一人である秀吉とは、比べるべくもありません。

しかし、紹介したように秀吉は、長谷川に丁重な手紙を送っています。秀吉は長谷川を通じて、自らの近況が信長に伝えられることも、もちろん計算しています。と同時に秀吉は、身分にかかわらず、日頃からネットワークを大事にしていたことも明らかでしょう。

「あなたのおかげで私がいる」

秀吉は長谷川をはじめとする側近に、頻繁に手紙を送り、さまざまな品物も贈っていました。秀吉のメッセージは明確です。

「いつもありがとうございます。あなたのおかげで、今の私がいるのです」

身分が上の秀吉から何度もこういわれれば、長谷川としても「羽柴(秀吉)さんは本気でそう思ってくれている」と感じたでしょう。繰り返し手紙を書くことは、「心にもないことを言っている」という風に見られなくすることでもあるのです。

秀吉は苦労して成り上がってきた人物なので、他人に嫌われること、嫉妬されることの恐ろしさを知っていました。長谷川を「単なる信長の取り巻きの一人」と軽んじていれば、いつか自分の足元をすくわれることがあるかもしれない、と秀吉は警戒していたのでしょう。

実際、主君の信長に対して、秀吉にとってはあまり芳しくない報告をしなければならない時も、長谷川にはあったでしょう。とくに悪意がなくても、信長の機嫌が悪い時に長谷川が報告をしたら、信長の怒りを買う可能性は大きくなります。怒ると何を言い出すかわからない一面を持つ主君ですから、取り返しのつかない事態にもなりかねません。

しかし、側近衆と普段から良好な関係を築いていれば、彼らも秀吉の案件は慎重に報告してくれたはずです。実際、秀吉が信長の逆鱗に触れることが少なかったのは、側近に手紙を送り続けた効能といえるでしょう。

こうした秀吉の努力が具体的に報われたのが、長谷川が御検使(ごけんし)として、中国攻めの最中の秀吉の陣を訪れたときのことです。御検使とは、戦場における「軍監」「お目付け役」と同様の権限を持っています。

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