水害に恐怖した人に教えたい「流域」思考の本質 河川と下水道だけに治水を頼るなら防げない

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日本の河川は一般的に思われているほど、河川整備は進んでいません。実はしっかりとした土手がある河川のほうが少数派で、一級河川であったとしてもしっかりと土手が整備されてない河川は決して少なくありません。「日本の河川はちゃんと整備されているはずなのになぜ、これだけ堤防決壊や氾濫が起こったのか?」という疑問を持った人もいると思いますが、そもそもまだ十分には整備されていないという問題もあるんです。

――その中でも鶴見川は氾濫が起きなかったということで注目されました。

鶴見川は日本全国の一級河川の中でも、かなりしっかりとした治水が行われています。50年に一度降る程度の豪雨であればギリギリ大丈夫というレベルではないでしょうか。それも、ゆっくり雨量が増えていってゆっくり下がっていけば、です。一気に雨量が増える線状降水帯のような降り方だったら、簡単に氾濫してしまうかもしれない。

日産スタジアム周辺が水に浸かった意味

――ラグビーW杯の日本対スコットランド戦が台風の翌日(10月13日)に開かれた日産スタジアムのある新横浜公園(横浜市港北区)は鶴見川沿いにあります。この新横浜公園は洪水を調整する多目的遊水池として整備され、今回の台風19号ではここに大量の水がたまって、鶴見川の氾濫を防いだ大きな要因といわれました。

今回、多目的遊水地に入った洪水は94万トンでした。実は2014年の台風18号のときは154万トン入ったんですよ。そのときが許容量の4割くらいでしたから、今回は2~3割しか入っておらず、まだまだ余裕がありました。

岸由二(きし ゆうじ)/慶應義塾大学名誉教授。 1947年東京生まれ。横浜市立大学文理学部生物学科卒業、東京都立大学理学部博士課程修了。理学博士。進化生態学、流域アプローチによる都市再生論、環境教育などを専門とする。鶴見川流域、多摩三浦丘陵など首都圏のランドスケープに沿った都市再生活動の推進者としても知られる。『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)『いのちあつまれ小網代』(木魂社)、『環境を知るとはどういうことか』(養老孟司との共著、PHPサイエンス・ワールド新書)など著書多数(撮影:梅谷 秀司)

ただし94万トンにとどまったのは、鶴見川が流域で治水をやっている唯一の一級水系だからです。多目的遊水地は、実は大きな下駄を履いています。どういうことかというと、鶴見川流域は、通常の河川の整備だけでなく、流域になお森を守ることによって、水を受け止める力を、100万トンほど保持していると想定できます。

さらに雨水を河川に流さないように一時的に貯留する雨水調整地も5000カ所近くあって、300万トンほどの水をためられます。横浜市は地下に巨大な雨水をためる、地下貯留管も持っているんですね。

そのような大きな保水力に支えられているから、多目的遊水地はあふれなかったんです。もし、森や雨水調整池がなかったとしたら、遊水地の上流だけを考えてもプラス200万~300万トンほどの水が鶴見川に流れ込んだ可能性がある。多目的遊水池の計画上の貯水量は390万トンですから、今回の雨でも遊水地は水を受け止めきれずにあふれていた可能性があるんですね。

鶴見川は多目的遊水地がすごかった、それも本当なんですが、そもそもあの遊水地の履いている下駄、流域の緑や、数千カ所の雨水調整池の保水力がすごいんです。

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