井上尚弥が語る「ボクサーの驚くべき減量事情」 時には「命を削る減量方法」さえ辞さない

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ライトフライ級での減量の限界を大橋会長も察知してくれていた。世界タイトルを取った直後から、「もう無理だな。上げよう」と言ってくれた。大橋会長はライトフライ級からミニマム級に地獄の減量を経て階級を落とし世界を獲った経験がある。

常日頃からスパーリングを見てくれている大橋会長からすれば、減量にすべてを奪い取られ、リング上の井上尚弥は本来の力の半分にも満たないということらしい。僕自身も限界だと思っていた。

だが、チャンピオンには防衛戦という義務がある。ライトフライ級の卒業試合のつもりでタイのサマートレック・ゴーキャットジムとの初防衛戦を選んだ。減量は比較的うまくいったが、もう限界だった。試合の中盤に2度ダウンを奪いながら、途中、拳を痛めたこともあり、仕留めるまで11ラウンドもかかってしまった。大橋会長は、試合後、転級をメディアに発表した。

初防衛戦を終えると、すぐに1つ階級を上げて、2014年の年末にフライ級での世界戦挑戦が水面下で進んだ。当初、アルゼンチンのWBA世界フライ級王者、ファン・カルロス・レベコがターゲットだった。

初防衛戦のメインでは、WBC世界フライ級王者だった八重樫東さんが代々木体育館のファンを総立ちにさせた大激闘の末、“ロマゴン”ことローマン・ゴンザレス(ニカラグア)に壮絶なTKO負けを喫していた。ロマゴンは当時無敗で軽量級最強と呼ばれていた。ゆくゆくは、このフライ級でのロマゴン戦も頭にあった。

だが、レベコの試合が10月末に予定されており、しかも腕にケガを負っていて、その試合をできるかどうかも未確定。2013年2月に来日して、黒田雅之選手に判定勝利していたテクニシャンのレベコとの試合は宙に浮いた。

運命としか思えないようなチャンス

魑魅魍魎のボクシングビジネスの世界では、しばしば運命としか思えないチャンスに巡り合えることがある。たまたまレベコと名王者、オマール・ナルバエスのマネジャーが同じで、高額オファーにも応じる日本人との試合を何としても組みたかったのだろう。プロキャリアが7戦しかない僕ならば、経験でさばけると考えていたのだとも思う。

「レベコは無理だが、スーパーフライ級のナルバエスならやれる」と、逆オファーしてきたのである。父を通じてその話を聞いた僕に、躊躇などなかった。フライ級でさえ、まだ減量が苦しい。2階級上なら、思う存分力を発揮できるし、しかも相手が無敗の11度防衛中の名王者なら最高の好敵手である。

最近になって、大橋会長は「フライ級でなんとしても1試合組んでおけばよかった。1つ飛ばしていなかったらマニー・パッキャオ(フィリピン)に並ぶ6階級制覇が可能だったのに悔いが残る」という話をしてくれるが、感謝こそあれ後悔などない。

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