アップルのCEOが「表参道」に突如現れたワケ 中学生を前に言葉を失ったティム・クック

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「写刺繍 Sha-Shi-Shu」というアプリを開発した13歳の菅野晄氏とクック氏(筆者撮影)

このアプリを見ていたクック氏は、言葉を失っていた。じっとそのアプリの画面を見つめながら、「なぜそんなことが思いつくのか?」という細部まで練られたアイデア、アプリそのものの完成度の高さについて思索を深めていたようだった。

実際、菅野氏はアップルのプログラミング言語Swiftに加えて、Adobe Illustratorでデザインを行い、Adobe XDでユーザー体験の設計を行うなど、最新のアプリ開発フローでこのアプリを組み立てたという。

クック氏の言葉に表れた「アップルの変化」

ティム・クック氏は2人からアプリの説明を受けた後、次のようにコメントした。

「日本の開発者は、本当にクリエーティブであることが強みです。想像を超えるほどに創造的で、とても革新的な開発者が日本にはおよそ60万人います。アップルはプログラミングのクラスを用意しており、子どもたちにコードを紹介する機会を増やし、もっと興味を持つ人々は増えていくでしょう。

ソフトウェアエンジニアの仕事を選ぶとしても、選ばないとしても、多くの人がプログラミング言語の知識を持つことは世界をよりよく変えていくでしょう」(クック氏)

また、日本では2020年、小学校からプログラミング必修化が始まる。そこで果たすアップルの役割を聞いた。

「(プログラミング必修化は)とても喜ばしいことです。そしてとても重要なことだと思います。アップルでは『Today at Apple』セッションを通じて、どのようなプログラミングの学びが最適化を探求しており、子どもたちだけでなく教員向けのセッションも行っています。

12月は2週にわたって、コンピューターサイエンスウィークを日本でも実施しており、数百を超えるセッションを通じて、子どもたちにより多くの学ぶ機会、考える機会を提供しています。これらのセッションを通じたカリキュラムが、日本のプログラミング必修化という新しい要件をうまく満たすと考えています」(クック氏)

ここで、筆者はアップルの教育市場へのアプローチに、驚かされた。実際、クック氏は教育をテーマに話していた間中、いっさい同社の製品の名前を口にしなかったからだ。ここに、近年のアップルの大きな変化を見いだした。

これまでアップルは、教育向けにハードウェア製品での提案を行ってきた。つい昨年までは、簡単に使えて性能が極めて高く、耐久性が高いハードウェアとしてのiPadを売り込みつつ、中学生頃から実際のアプリ開発ができるMacへ移行する、という「製品上の」ロードマップに当てはめようとしてきたはずだ。

しかし、すでにアップルは変わっていた。iPadやMacを売ることから、子どもたちに提供するプログラミングやクリエーティブの体験の設計と、カリキュラムの提案を通じて、教育市場に変化を呼びかける存在へと変わっていたからだ。その拠点として、アップルストアを活用するようになっており、膨大に設定されるセッションは顧客との間で、「学びを通じた接点」として機能していた。

世界で最も時価総額が高い企業だからこそ可能な取り組みと言うのは簡単だ。その企業が自らの価値を最大化するために売るものは、モノではなくなっている。その変化を見逃すべきではない。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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