セパージュ時代の到来(1)前夜:パリの試飲会《ワイン片手に経営論》第15回
こうした評価方法は、一見、合理的に聞こえますが、感じたことを点数にするわけですから、実際にやってみるととても難しいことです。2人の異なる人物が、「鼻」に5点をつけた場合、この2人の5点は同じ意味なのか、これはとても難しい問題です。また、「目」「鼻」「口」「バランス」の4つのうち、意識的であろうが前意識的であろうが、どの観点にどの程度の重みが加えられているか。このような問題は、評価基準や評価者のスキルの問題が常に混在した複雑で、かつ大抵答えのない難しいものです。会社の成果指標も常に同様な問題をはらんでいるかと思います。
実際に、この採点方法は、その後、大きな論争を巻き起こします。経済学者から統計学者まで色々な数値分析の専門家がこの採点方法を分析し、その評価方法を学術的に検証したこともあります。
こうしたことは、実は、科学の問題であります。数値化は、科学の第一歩ですが、そもそもワインの美味しさを測定可能であるという大前提を信じているから、または信じているふりをしているからこそ、パリの試飲会では20点満点による採点がなされたのであると思います。数字はとてもパワフルです。一度、数値化されると、そこにはゆるぎない事実が存在しているような気分になります。
「パリの試飲会」の評価方法が、数字による採点であったことは、「セパージュ主義」的ワイン生産者にとって幸運であったかもしません。もし、そうでなかったら、フランス人は、アメリカ・ワインのことを誉めこそすれ、フランス・ワインより優れているとは決して認めなかったことでしょう。
結局、数字による評価結果が、ワインの順位をゆるぎないものにしました。パリの試飲会は、ある意味科学によるワインの神秘への挑戦の叙事詩でもあるのです。「テロワール主義」と「セパージュ主義」。この二つの思想のぶつかり合いは、伝統的なワイン造りの中に、科学的アプローチが挑戦していくという構図に見えなくもありません。
科学的アプローチとは、以前にも記しましたが、客観性、再現性、測定可能性を満たしていることだと思います。こうした分りやすさは、消費者や投資家といったマーケットと親和性があります。次回以降、数回にかけて、消費者や投資家にとっての意味合いについて、お話を続けていきたいと思います。
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
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