「生活保護」を頑なに拒む52歳男性の持論 透析生活で警備員の収入はほとんど途絶えた

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この頃、会社の健康診断で糖尿病の恐れがあると指摘されたが、休みが取れないという理由で放置。10年ほどが過ぎた40代半ばで、専門の医療機関を受診したときには、すでに手遅れだった。数年前から人工透析を余儀なくされ、警備員としての収入はほとんど途絶えてしまった。

「病院には早く行きたかったんです。でも、そのたびに会社から『別の日にしてくれないか』と言われて……。私も、自分が行かなければ、現場が回らなくなると思ってしまったし、次の現場、次の現場と指示されるうちに時間が経ってしまいました」

数年前に父親が他界すると、今度は遺産トラブルに見舞われる。父親は、マサヒロさんと両親の3人が暮らす自宅と、郊外にある理容院という、2つの不動産を残した。ところが、父親の死後、すでに結婚して実家を出ていた妹が、自分が自宅を、兄が店舗を相続すると一方的に決めたうえ、預貯金は一銭も残っていないと、告げてきたのだという。

表情も口調も温厚なマサヒロさんがこのときばかりは「貯金がゼロなんて、絶対にうそ」と激しく妹をののしった。マサヒロさんは、店舗ではなく、住み慣れた自宅が欲しかったのだ。ただ、「妹のだんなに脅された」とはいえ、関連書類にはすでにサイン済み。家庭裁判所の調停も不調に終わったというから、決定を覆すことは難しいようにもみえた。

しかし、長年自分を支配下に置いてきた父親の遺産なんて、どうでもいいじゃないですか。マサヒロさんにそう言うと「人生をダメにされた損賠賠償ですよ。慰謝料だと思っています」と持論を展開された。

税金や携帯料金はほとんど払えていない(編集部撮影)

実は、マサヒロさんは現在、自宅を追い出され、元理容院だった店舗内にある4畳ほどの休憩室で寝起きしている。不動産を所持しているので、厳密には、生活保護を利用することはできない。「店を売ることも考えたのですが、(売却後)賃貸アパートに引っ越したら、すぐに家賃が払えなくなり、生活保護になってしまう。それだけは後ろめたくて嫌なんです」というのが、正確な言い分である。

父親が憎いなら、早く家を出ればよかったのにとか、もっと早く糖尿病の治療を始めるべきだったとか、そういったことは、私を含めた“外野”がいくら言っても仕方がない。たとえ、どんなに人がよくても、要領が悪くても、普通に生きる権利はあるわけで、そうした社会を目指すのであれば、個人の責任以上に、長時間労働の末に労働者を使い捨てたり、病院に行きたいという社員を阻んだりする会社にも、問題はあるだろう。

「自分はまだマシだ」という安心感が欲しい

マサヒロさんに、今、どんなセーフティネットが必要かと聞くと、同じように貧困状態にある人が集まり、互いに話ができる場が欲しいという。理由について、マサヒロさんは透析の注射針による赤黒い痕があちこちに残る左腕をさすりながら、こう言った。

「自分が、(日本における貧困の)どのあたりにいるのか知りたいんです。もっとひどい人がいるとわかれば、正直安心もしますし、もしそうなら、透析のない日に警備の仕事を入れてもらうよう頼むとか、別に派遣の仕事を探すとか、まだできることがあると思って」

見当違いとはいえ、会社のためにパート勤務を選び、自らの健康を二の次にし、それでもなお生活保護をもらうのは後ろめたいと考え、もっと働かなければという。マサヒロさんらしい答えだと思った。

マサヒロさんはお金をかけずに、暇をつぶせるからと、よく携帯でニュースを読むという。最近、印象に残ったのは、タイのエビ漁の現場における、出稼ぎ労働者の実態をリポートした記事だ。記事によると、労働者は、眠らないように覚せい剤を打たれたり、暴力を振るわれたり、時にはみせしめのために仲間を殺されたりしながら、1日20時間の奴隷労働を強いられているという。この記事を読み、マサヒロさんは何を感じたのか。

「これと比べたら、日本はまだいいなって。私はまだ幸せなほうだなって思いました」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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