「生活保護」を頑なに拒む52歳男性の持論 透析生活で警備員の収入はほとんど途絶えた

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河本のケースは法律的には不正受給ではないが、道義的な責任は否定できないとして、後日、本人による謝罪会見が行われた。しかし、その後も一部ワイドショーなどは不正受給をテーマにした特集を繰り返し、まるで、世の中が不正受給だらけであるかのような印象を与えた。

受給自体が“悪”であると言わんばかりの空気が蔓延する中、自治体には、特定の市民を名指しし、「親族に公務員がいるらしい」「母子家庭なのに、男が出入りしている」といった密告が増加。ネット上には、「甘えている」「税金泥棒」などの言葉があふれた。街頭では、外国籍住民への生活保護を止めろというデモも頻発。当時の民主党政権下では、不正受給の厳罰化や親族の扶養義務強化、生活保護費の圧縮といった方針が打ち出された。

多分、マサヒロさんの「後ろめたさ」も、こうした空気の中で、醸成されたのだろう。

しかし、生活保護を利用することは、本当に恥ずかしいことなのか。

生活保護法を普通に読めば、生活保護の利用は、国民の権利であることがわかる。

何かとやり玉に挙げられる不正受給も、受給額全体に占める割合は0.4%にすぎない。その内訳も、同居している子どものアルバイト収入などの申告忘れといった無知や誤解に基づく事例が大半だという。人口全体に占める利用率も増えているわけではない。

一方で、生活保護を受給できる資格を持った人のうち、実際に利用している人の割合を示す「捕捉率」はわずか2割。9割を超えるフランスや、6割を超えるドイツなどヨーロッパ諸国と比べると、かなり低い。私としては、この異様な“受給漏れ”の多さのほうが、よほど恥ずかしい。リーマンショック以降、「稼働世帯」の受給者が急増したのは事実だが、その背景には雇用環境の悪化に伴う貧困がある。人々にスティグマを植え付けるよりも、まずは劣悪な雇用環境を何とかすべきだろう。

父親のいいなりになってしまっていた

マサヒロさんのことに、話を戻そう。

マサヒロさんは、東京郊外で理容院を営む両親の元で育った。将来は、旅行関係の仕事に就きたかったが、反対する父親から「ぶん殴られ」、高校卒業後は理容師の専門学校に入学させられた。資格試験を数回受けたが、いずれも不合格。理容師になるのは諦めた。

その後、ビル清掃のアルバイトをしたものの、月収は10万円ほど。転職してトラック運転手になったときは、月収は20万円を超えたが、慢性的な長時間労働を強いられた。また、このときは、いつか大学に行こうと思っていたので、あえてパート社員として入社した。ところが、後になって父親が勝手に会社側と契約を結び直したため、不本意ながら正社員にされてしまったと、マサヒロさんは言う。

何から突っ込むべきか――。まず、大学に行きたいからといって、パートで働く必要はない。正社員にも退職の自由はあるのだから。それに、雇用形態を父親に決められるなどということがありうるのか。あったとしても、さかのぼって無効だろう。

これに対し、マサヒロさんは「父には小さいころから殴られ、心身ともに支配されてきました。この恐怖は経験した人でないと、わかりません」と反論。パート勤務を選んだ理由は「正社員なのに、簡単に辞めては、会社に迷惑がかかると思ったから」と説明した。

この会社は次第に経営が悪化。結局、勤続約10年で、自己都合退社に追い込まれた。その後に就いた仕事は、工事現場やイベント会場などに派遣される警備員。雇用形態を尋ねると、「隊員」だという。「隊員」などという雇用形態はない。マサヒロさんによると、ヘルメットや制服は会社支給で、確定申告もしていないというから、おそらく、個人事業主ではなく、非正規雇用なのだろう。月収には波があり、十数万~20万円だという。

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