心が楽になる「どうしても嫌な人」のあしらい方

しんどいときの対処法を仏教で考えてみた

さて、仏教はどのように説くのでしょうか。中世の念仏者・親鸞聖人は、生きる方向性が異なる人からは、「つつしんで遠ざかれ」と説いています。同じ方向を向いて生きる人と歩みをともにするのは、私たちにとって大きな喜びです。しかし、向いている方向が違う人もいます。そういう人からは「離れろ」ということです。離れるのが仏教の基本的態度となります。

まあ、「離れたくても、同じ職場なんだからどうしようもないよ」という人もいるでしょうが、そこは精神的に離れるように工夫してみましょう。哲夫さんの手法である、「この人のことめちゃめちゃ嫌いやけど、今だけやし」「そのうち腹立たんようになるんやし」とやり過ごしています、といった態度はかなり参考になると思います。堪忍(耐え忍ぶ、他者を許す)の実践を心がけましょう。

所詮独りと理解すれば誰とでも付き合える

最初期の仏典『スッタニパータ』には、「四方のどこにでも赴き、害心あることなく、何でも得たもので満足し、諸々の苦難に堪えて、恐れることなく、サイの角のようにただ独り歩め」とあります。私、この言葉、好きなんです。つらく苦しいとき、この言葉を口にすると、ふつふつと体の奥底からわき上がってくるものがあります。

インドでは、2つの比喩に"牛の角"を使い、1つの比喩に"サイの角"を使うことがあるようです。アフリカのサイとは違って、インドのサイは角が1つですからね。仏教はとてもクールな宗教ですので、「つきつめれば、人は独りで生きて、独りで死んでいかねばならない」ことを強調します。このことを本当にしっかりと自覚することができれば、むしろイヤな人や嫌いな人ともつき合えるわけです。だって、所詮独りだ、と理解しているのですから。

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この理解のうえで、おつき合いするのです。ということは、好きな人とおつき合いする時も同じになってきます。どれほど好きな人がいても、"つきつめれば独り"なんですね。「愛別離苦」です。これも避けることができません。

また、さらに哲夫さんは「この便所の戸は大切なものだから、本当に機能しなくなる最後の瞬間まで大事に使おう、となりますよね」とも書いておられます。そのとおりです。独りで生きる覚悟というのは、自我を肥大させて、自分勝手に生きろということではありません。逆です。とてもはかない人間関係だからこそ、みんなで大切に扱わなければならないのです。すべての存在も現象も、刻々と流れていきます。だからこそ自ら手を添えてケアするのです。

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