汚れた海「東京湾」は本当に回復しているのか 海洋環境専門家が実態を語る

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確かに生き物としては、ブリやサワラも姿を見せるようになりましたし、マダイなども釣れるようになりました。そういう意味で、少しずつ環境が改善してきた兆しが見え始めているとは思いますが、昔の海のようにただ単純に増やしたい生き物を放流しても、その生き物が棲める環境がなければ増えません。

あくまでそうした生き物が定住できて、再生産されるような環境を復元することのほうがずっと重要です。

ではそういう意味で、現在の東京湾はどうなのかというと、私は毎月のように潜水していますが、よくなったとはまったく感じていません。海底の広い範囲にイオウ細菌が繁茂して、貧酸素が起きており、生き物がいない状況が見られています。場所によって生き物が見られるといっても、漁業として成立するほどの量には到底なっていない。まだまだ努力が必要、という表現のほうが正しいのではないでしょうか。

勘違い③ 各所の努力が結実している

私が東京湾の環境再生に尽力している、と聞くと皆さんは良好な反応を示してくれます。

しかし、自らの体を動かし、お金や時間を費やしてまで、その再生に向けて活動する方や組織は、まだ極めて少ないと言わざるをえません。いろいろな問題が複合的に絡まっているので、簡単にこれが悪い、あれがいい、とは言えないのですが、はっきりしているのは、私たちの普段の生活と、東京湾との関わりがあまりに希薄になっている、ということです。

東京では、経済活動を優先した土地利用や、防護機能の向上にばかりどうしても重点が置かれ、海辺にたどりつくことすらも難しくなってしまっています。そうなれば、海へ向けられる想いや愛は、どうしても薄れてしまうのではないでしょうか。

また、社会が“今”の快適さを追求するあまり、将来のためにお金や時間を使う、という考えになりにくくなっているのも、顕著な結果にまで至らない理由と思われます。

東京湾に残されている「傷跡」は想像を超えて深い

以上、典型的な誤解をまとめてみました。皆さんも同様の勘違いをしてはいませんでしょうか。

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東京湾の環境は、近年よくなった、と言われることが増えました。確かに部分的には回復したところもあると思いますし、流入する汚れも、かつてに比べて格段に減っています。

しかし、東京湾に残されている「傷跡」は想像を超えて深い。しかも埋め立ての影響などで、自然治癒もあまり期待できない状況にあるため、このままでは劇的な回復は望めません。

だからといって、何もしなければ現状維持どころか、さらに悪化する可能性がずっと高くなってしまいます。そのため私は、その環境の回復に向けてさまざまな活動にこれまで注力し続け、現状を訴え続けています。

現在、間近に迫る東京オリンピックをきっかけに、東京湾の環境への関心が高まっています。しかし大事なのはさらにその先の未来であり、本当の意味で東京湾を復活させるためには私たち一人ひとりがどのように行動すればいいのか、どのように湾に親しめばいいのか、そこに少しでも思いをはせていただければ幸いです。

木村 尚 海洋環境専門家

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きむら たかし / Takashi Kimura

1956年神奈川県生まれ。東海大学海洋学部海洋資源学科卒業。東京湾の再生活動を続けながら、日本全国の海と海辺の再生に尽力。NPO法人海辺つくり研究会理事(事務局長)、東京湾の環境をよくするために行動する会幹事、MACS代表取締役、エンジョイ・フィッシャーマン取締役、森里川海生業研究所取締役、金沢八景―東京湾アマモ場再生会議、東京湾再生官民連携フォーラム委員など、多数の市民活動団体に参加協力。

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