「ケーキを等分に切れない」非行少年たちの実情 「認知力」を向上させなければ更生は望めない

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すると、その粗暴な言動の少年はまずケーキを縦に半分に切って、その後「う~ん」と悩みながら固まってしまったのです。失敗したのかなと思い「ではもう1回」と言って私は再度紙に丸い円を書きました。すると、またその少年は縦に切って、その後、悩み続けたのです。結局彼は、画像の左のように半分だけ横に切ったり、四等分にしたりして「あー」と困ったようなため息をもらしてしまいました。ほかに右のような切り方をした少年もいます。

これらのような切り方は小学校低学年の子どもたちや知的障害をもった子どもの中にも時々みられますので、この図自体は問題ではないのです。

問題なのは、このような切り方をしているのが強盗、強姦、殺人事件など凶悪犯罪を起こしている中学生・高校生の年齢の非行少年たちだ、ということです。

犯罪への反省以前の問題

彼らに、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育を行っても、ほとんど右から左へと抜けていくのも容易に想像できます。犯罪への反省以前の問題なのです。またこういったケーキの切り方しかできない少年たちが、これまでどれだけ多くの挫折を経験してきたことか、そしてこの社会がどれだけ生きにくかったことかもわかるのです。

医療少年院勤務の後、女子少年院にも1年間ほど勤務しました。非行少女が収容される女子少年院の実態も知っておきたいと思ったからです。女子少年院には医療少年院と重なる部分もありましたし、違った問題点もありました。

彼らにどんな特徴があるのか、どうすれば更生させることができるのか、そして同じような非行少年をつくらないためにどうしていけばいいのか。そうした問いに対する私の考えを近刊『ケーキの切れない非行少年たち』に記しました。

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ポイントは、すべての学習の土台にある「認知機能」を向上させることです。認知機能を高めないまま、認知行動療法のような「すでに認知機能が備わっている」ことが前提となるプログラムを施しても、あまり効果は望めません。そこで私は、少年院での知見を元に、自分でプログラムを開発することにしました。

それが、1日5分で、簡単に、お金をかけず、子どもたちを傷つけることなく、ゲーム感覚で認知機能の向上を図れるプログラム「コグトレ」です。

認知機能を構成する5つの要素(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断)に対応する、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。

「コグトレ」は少年院だけでなく、学校の現場で困っている子どもたちに対しても効果的な支援となりうるプログラムで、すでにいくつかの小学校などでは導入されています。

非行少年に限らず、1人でも多くの「困っている子ども」が救われ、彼らが安心して暮らせる社会ができることを願っています。

宮口 幸治 医学博士、立命館大学総合心理学部・大学院人間科学研究科教授

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みやぐち こうじ / Koji Miyaguchi

立命館大学教授、(一社)日本COG-TR学会代表理事。医学博士、児童精神科医、臨床心理士、公認心理師。大学病院精神神経科、精神医療センター等に勤務の後、医療少年院、女子少年院医務課長として非行少年の治療教育に従事。2016年より現職。困っている子どもたちを教育・医療・心理・福祉の観点で支援する「日本COG-TR学会」を主宰し、全国で支援者向けに研修を行っている。主な著書に、80万部を超えた『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社)、『「立方体が描けない子」の学力を伸ばす』(PHP新書)ほか多数。

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