青森―福島「潮風トレイル」はどんな歩道なのか 被災地をつなぐ道沿いに始まる新たな試み

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その加藤さんが、東日本大震災直後の2011年3月24日、環境省を訪れ、当時、自然環境局長だった渡邉さんらに面会した。

渡邉さんによると、加藤さんは「行政が計画を立ててつくる道路ではなく、地域から湧き上がってくる道づくり、作られた後も地域の人と歩く人の出会いがある、そういう道を増やしたい。三陸海岸はすばらしいトレイルができる場所だ。大津波に襲われたけど、海岸トレイルを作りませんか。復興の取り組みにもなるでしょう」と提案した。「私はALSという病気になり、松葉杖で歩いているが、しゃべることができる限り応援するから、一緒にやりましょう」とも話したという。

加藤さんの熱心さに動かされる形で、環境省は検討を始めた。

加藤さんは、環境省に対し、厳しい指摘もしていた。

環境省東北地方環境事務所の櫻庭佑輔(さくらば ゆうすけ)さん(41歳)は、東日本大震災発災直後の2011年3月13日から3日間、長崎県で加藤さんとともに、荒れ果てて再生が必要となっていた九州自然遊歩道を歩いた。加藤さんは「遊歩道を設置した役所の担当者が自分で歩いていないから、ハイカーの気持ちがわからない」と指摘し、「ひたすら舗装道路を行くような道よりも、もっと遊び心のある、民家の裏手を通ったり、果樹園の周りの農道を通ったり、工夫が必要だ」と教えてくれたという。

潮風トレイルで歩く楽しみを味わってほしい

加藤さんは2013年4月に他界した。弟の加藤正芳さん(68歳)が振り返る。「2007年ころ、兄はカナダのウェストコーストトレイルを歩いてきた。前後して、岩手県職員だった親友とともに三陸海岸を歩き、『ここに海岸トレイルを作れば、すばらしいものができる』と話していた。東日本大震災が起きて、夢の実現が難しくなった、とショックを受けたはずだが、気を取り直して環境省に話をしに行ったのでしょう。『局長、課長、若手が話を聞いてくれ、本気になってくれた。これは確実にできる』と言い切っていました」。

名取トレイルセンターに飾られた加藤さんの遺品(撮影:河野博子)

加藤さんの著書によると、アメリカやカナダには長距離のトレイルが整備されており、20kgを超える重い荷物を背負ったハイカーが山野の中を行く。険しい自然の中を歩くストイックな自然愛好家の姿が目に浮かぶ。

しかし、アメリカの映画『ロング・トレイル!』を見ると、ロバート・レッドフォードとニック・ノルティが演じるシルバー世代の男2人が道路に出てタクシーを拾って先回りしたり、町に下りてホテルに数日泊まったり。人々は気軽に自然を楽しんでいる風情だ。日本でも最近、韓国・済州島発の歩く旅「オルレ」のコースが九州や宮城県にできて注目された。トレイル歩きを楽しむ人たちが増えていくかもしれない。

名取トレイルセンター・センター長の関博充さん(45歳)によると、潮風トレイルの利用人数は把握しようがないが、今年4月にオープンして以来、約5000人がセンターを訪れた。

みちのく潮風トレイルが、歩く人が絶えず、周辺の地域の人々が歩く人を支え、同時に地域が活気づく、そんな道になるように。天国の加藤さんは、そう願っているに違いない。

河野 博子 ジャーナリスト

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こうの ひろこ / Hiroko Kono

早稲田大学政治経済学部卒、アメリカ・コーネル大学で修士号(国際開発論)取得。1979年に読売新聞社に入り、社会部次長、ニューヨーク支局長を経て2005年から編集委員。2018年2月退社。地球環境戦略研究機関シニアフェロー。著書に『アメリカの原理主義』(集英社新書)、『里地里山エネルギー』(中公新書ラクレ)など。2021年4月から大正大学客員教授。

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