これに対し、中西部ラストベルトの崩壊貧困家庭からはい上がって、自身の物語を『ヒルビリー・エレジー』という本にまとめ、今は保守派論客となったJ・D・ヴァンスは保守派論壇誌『ナショナル・レビュー』への寄稿で満腔の賛意を表明した。
アメリカのGDPは拡大し、輸入雑貨が安く買えても、子どもの死亡率は下がらず、離婚も減らないし、寿命まで縮んでいる地域がある。これで豊かな国だといえるのか。「政府の介入」が必要だ。「市場が解決する」などありえない。
トランプ政権時代に入り、アメリカの保守派からこうした声が出るのは当たり前のように思えるが、FOXテレビや『ナショナル・レビュー』という保守の中核メディアで保守派論客が堂々と市場経済を否定し、大きな政府(「政府の介入」)を求め、しかも市場経済が家族を破壊しているとまで主張するのは、大きな思想変化が起きたことを意味する。既成の保守派内から猛然と反論が出たのは当然であった。
トランプ以前の保守コンセンサスには戻れない
保守理念を根本から問い直すようなカールソンの独り言が大きな出来事となったのは、それだけで終わらなかったからだ。
今年3月、宗教右派系の中では有力な論壇誌『ファースト・シングス』に「著名な15人の保守派著述家・学者」(ニューヨーク・タイムズ紙)が、「無効なるコンセンサスに抗して」という声明を発表した。
「無効なるコンセンサス」とは、これまでアメリカ保守主義の核となってきた理念のことだという。具体的には、「自由貿易、国境を越えた人の自由な移動、小さな政府、あらゆる問題の解決策としてのテクノロジー」といったドグマを指している。
声明は、こうしたドグマは20世紀における共産主義との戦いでの勝利に重要な役割を果たしたが、いまでは「家族制度の安定、共同体の団結」を破綻させ、「日常生活のポルノ化、死の文化、競争への盲信、悪質な検閲のような多文化主義」を招き入れている、と論じた。
その背景は、実はアメリカの保守主義がその敵であるリベラリズム(進歩主義)と同じ「個の自律(individual autonomy)」の 原理で動いてきたからだ。個の自律を崇めてきた結果、保守主義がもっとも忌み嫌う「専制(tyranny)」が生まれてしまったのは、皮肉ではないか――と、声明は論じた。
トランプ現象はこうした問題に対処する機会を与えている。もはやトランプ以前の保守のコンセンサスに後戻りすることは不可能だ。「レーガン主義の復活を望む者たちとは手を組まない」。自由な貿易や人の移動で利益を得ているのはエリートだけであり、そこから出現する「世界的専制」に対抗する「新たなナショナリズム」を支持するのだ、と声明は宣言した。
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