経済学の不可解な世界では、「ニワトリが先か、タマゴが先か」という理論が成り立ってしまうことがありますが、現実の経済活動は必ずしもそのようには動いていかないものです。私たちの暮らしにとって重要なのは、「どちらが先になるのか」ということなのです。数式で理論武装しているように見えても、それ以前に本質や因果関係を無視した理論や議論が多いことには非常に驚かされます。
ご多分に漏れず、「最低賃金を引き上げれば、生産性が向上する」という考え方も、そういった理論や議論にぴったりと当てはまります。「最低賃金が上がる」結果として「生産性が上がる」のではなく、「生産性が上がる」結果として、「最低賃金が上がる」というのが、正しい因果関係を示しているからです。すなわち、「最低賃金を引き上げる」という結果をもたらすためには、順序が逆で「生産性を引き上げる」という原因が必要だというわけです。(『生産性は最低賃金を引き上げれば向上するのか』(6月5日)参照)
実質賃金は上がらず、消費拡大につながらない
また、見逃してはいけない視点は、「最低賃金を引き上げれば、生産性が向上する」という考え方が、「最低賃金を引き上げれば、消費が拡大する」という見方とセットになっているということです。政府の推計によれば、2012年~2018年にかけて最低賃金を125円引き上げたことで、国民の所得を1兆2200億円押し上げ、消費を9200億円喚起する効果があったといいます。
確かに、最低賃金を大幅に引き上げることによって、淘汰の中で生き残ることができた企業はパート・アルバイト従業員に対して、今までより高い賃金を支払うことができるようになります。ところが、生き残ることができた企業が従来と同じ水準の収益を維持するためには、賃金の引き上げ分を価格に転嫁しなければなりません。賃金の引き上げから少しタイムラグを置いて、物価も上昇することが避けられないのです。つまり、従業員の名目賃金は上がっても、実質賃金は期待したほど上がらないというわけです。
そのうえ、企業の淘汰がある程度進むことによって、地方の零細企業を中心に多くの雇用が失われるのは間違いありません。その結果として、生き残った企業の経営者や従業員が消費を増やすことはできるかもしれませんが、国民全体としては消費が拡大するかどうかは極めて怪しいといえます。むしろ失業者の増加や景気への不安から、消費の伸び悩みが続くほうが可能性は高いかもしれないのです。
なお、実質賃金を算出する際に必要なデータである名目賃金の調査では、従業員5人未満の事業所は調査の対象となっていません。わかりやすくいうと、企業の中で最も弱い立場にある零細企業のうちの多くが、賃金の調査には反映されていないということです。そういった意味では、実質賃金にしても名目賃金にしても、数字が示しているよりも実態はかなり悪いと考えるのが適当なのではないでしょうか。
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