原油価格が思ったよりも意外に上昇しないワケ ホルムズ海峡周辺タンカー攻撃の「謎」

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これらのやり取りを見る限り、アメリカとイランの緊張状態がすぐに緩和する可能性は低そうだ。一方で、今回の砲撃に関するアメリカ側の情報の信憑性も指摘されているところだ。もちろん断定はできないが、筆者は現在の情報を見る限りでは、今回の攻撃は、広い意味でアメリカ側の「自作自演」の可能性もあるのではないかと考えている。

アメリカのイランへの制裁が強化され、それに対してイランが反発を強めて以降、WTI原油価格は60ドルの大台を割り込んでいる。本来であれば、このような材料で原油相場は上昇してもよさそうなものだが、そうはなっていない。「ホルムズ海峡封鎖」うんぬんが指摘されるが、本当にそうした事態になれば、ただでさえ原油輸出が制限されているイランが自分の首を絞めることになる。

現状は「原油高」になりにくい構造

原油高で収入を増やしたいイランにとって、原油安は追加的な制裁ともいえる。実は、このような原油安の動きは、昨年のトルコにおけるサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の殺害事件の後にもみられた事象である。

当時の原油相場の下落は、サウジへの報復とも考えられていた。このように、産油国が「おかしな行動」をとれば、原油相場の下落で間接的な制裁が行われているかのようである。

筆者は、今回のイランへの制裁も同じような事象であるとみている。つまり、アメリカがシェールオイルの生産拡大を背景に世界最大の産油国となり、原油供給における中東依存度が低下したことで原油安を演出し、意にそぐわない産油国に間接的に制裁を加えるわけである。

世界の石油市場の構図は大きく変化し、原油相場は上がりづらくなっている。サウジとロシアが中心の産油国の枠組みである「OPECプラス」による協調減産では、原油高にもっていきたいサウジの減産順守率が200%を超えるなど、同国の過剰な減産が目立つ。逆に言えばこれは将来の供給増の余地があることを意味する。

現在の協調減産については、ロシアから否定的な声が出ていることも、将来的な原油相場の抑制につながる可能性がある。

一方、アメリカではガソリン需要期に入っているが、高水準の産油量と製油所稼働率を背景に、ガソリン供給が潤沢であり、同国内の需給は緩和気味だ。これもWTI原油の上値を抑えている。

このように、今の原油相場は、アメリカとイランの関係悪化だけでただちに上昇するような構図にはない。まして両国は実際のところは戦争を望んでいない。前出のように「ホルムズ海峡の閉鎖」も、本当に実行すればイランの収入減に直結することを考えれば、非現実的である。

国際情勢が不安定化していることを「演出」できれば、世界の目はいやが上にもアメリカに向く。筆者は、このようにアメリカに目を向けさせることが、今回の事件の「首謀者」の最大の目的であるのではないかと見ている。

さらにいえば、一連のアメリカの核合意離脱やイランへの制裁拡大の背景には、アメリカがユーロ建てでの原油取引を推進する流れを実力で阻止しようとしていることが挙げられるのではないか。「ドル覇権」は、アメリカにとってすべての戦略の根幹だ。つまり、貿易取引がドル以外での決済に拡大しつつあることについて、アメリカはつねに懸念していることを忘れてはならない。

それでも、筆者は今のところ過剰に懸念する必要はないと考える。世界が本当に混乱すれば、それは結局アメリカにはね返ってくるからだ。原油輸入の約9割を中東に依存する日本としても引き続き気になるところだが、現時点では一連の状況が過度に悪化することは考えにくい、と見る。

江守 哲 コモディティ・ストラテジスト

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えもり てつ / Tetsu Emori

1990年慶應義塾大学商学部卒業後、住友商事入社。2000年に三井物産フューチャーズ移籍、「日本で最初のコモディティ・ストラテジスト」としてコモディティ市場分析および投資戦略の立案を行う。2007年にアストマックスのチーフファンドマネージャーに就任。2015年に「エモリキャピタルマネジメント」を設立。会員制オンラインサロン「EMORI CLUB」と共に市場分析や投資戦略情報の発信を行っている。2020年に「エフプロ」の監修者に就任。主な著書に「金を買え 米国株バブル経済の終わりの始まり」(2020年プレジデント社)。

 

 

 

 

 

 

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