起業について学ぶ一方、シンヤさんはどのように生計を立てているのか。
いま、シンヤさんは、アメリカの配車サービス大手「ウーバー・テクノロジーズ」が展開する飲食宅配サービス「ウーバーイーツ」で配達員をしている。スマートフォンの専用アプリで依頼を受けた後、自家用車やバイク、自転車などで飲食店に行き、飲み物や料理を受け取り、注文をした人の所に届けるという仕事だ。会社と業務委託契約を結んだ個人事業主として、距離などに応じて配達1件あたり数百円の報酬を得る。
シンヤさんの月収は3万~5万円ほど。貯金を切り崩しながらの生活だが、これでは1人暮らしは続けられない。このため、近く、書類などを自転車で配達する、いわゆるバイク便の仕事を始めるという。こちらも、個人事業主である。
「名ばかり事業主」に陥ってはいないか?
シンヤさんの話を聞きながら、私がひたすら疑問に思うこと。それは、ネットビジネスやバイク便といった仕事を個人事業主(フリーランス)として続け、はたして安定した収入を得ることは可能なのか、ということだ。
起業サークルが言うまでもなく、アフィリエイトビジネスなどで成功する人はほんの一握りだ。また、ウーバーイーツ配達員やバイク便運転者をめぐっては、事故に遭ったときに労災保険が適用されないといったトラブルが、すでに各地で表面化している。労災保険が適用されない理由は、彼らが労働者ではなく、個人事業主だからだ。
ここで、「労働者」と「個人事業主」の違いについて説明したい。
労働者が会社と雇用契約を結ぶのに対し、個人事業主が交わすのは業務委託契約や委任契約。労働者には、最低賃金や残業代、有給休暇、労働時間などを定めた労働基準法が適用されるが、個人事業主には適用されない。個人事業主は社会保険料や交通費を原則自己負担する一方、自らの裁量で仕事量や報酬額を交渉、高収入を得られる場合もある。
一般的に、業務の依頼を断れなかったり、指揮監督の下で勤務時間や場所が決まっていたりする場合は「労働者性が高い」とみなされる。シンヤさんが近く始めるというバイク便運転者は通常、勤務場所やシフトがあらかじめ決まっており、厚生労働省も「労働者性がある」との見解を示している。にもかかわらず、実際の配達員の“身分”は労働者ではなく、個人事業主なのだ。
実態は労働者なのに、契約上は個人事業主――。こうした人々は“名ばかり事業主”とも言われ、かねて社会問題となってきた。トラック運転手や美容師、IT技術者などさまざまな職種にはびこる名ばかり事業主は、経営者にとっては法律に縛られない、「働かせ放題」も可能な労働力なのに対し、働き手は一方的な報酬カットや契約解除などのトラブルに遭うこともある。パートや派遣といった非正規雇用以上の究極の“不安定雇用”ともいえる。
ちなみに、経済産業省の「『雇用関係によらない働き方』に関する研究会」や、厚生労働省の「働き方の未来2035」といった報告書には、個人事業主の活用をうながす旨の記述がみられるほか、税制面でも個人事業主は減税となる。一連の働き方改革の下、政府は個人事業主を増やす方向へと誘導している。
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