高級ファッション業界の、華麗でハードな仕事

私がファッションジャーナリストになるまで

人生を変えたファッションショー

決定的だったのは、ミラノに出張したときのこと。偶然にもミラコレの時期に当たり、担当ブランドのファッションショーを見る機会に恵まれました。

雑誌やテレビで見ていたファッションショーの会場に、初めて足を踏み入れた瞬間、とても感動し、今までに感じたことのない衝撃をうけました。そして、10年以上たった今、まさにファッションショーやコレクションブランドに携わっている現実をあらためて考えると、あのときの衝撃が、今につながっていたのだと運命を感じます。

さて、話を戻すと、その後も商社での仕事は順調そのものでした。すばらしい先輩方に恵まれ、ヨーロッパにも頻繁に行くようになり、責任ある仕事も増え、いい意味で啓発力のある職場でした。

フランスへの旅立ち

でも3年を過ぎたあたりから、自分は本当にこのままでいいのか?という20代の若者が陥りがちの危機感にはまり、海外留学を決意します。

何より、ファッション業界に近づけば近づくほど、もっと中心に近づきたい。できればパリのメゾンで働きたい、という思いがムクムクと湧き上がってきました。そして、パリで働くという野望を胸に、フランスへ旅立つことにしました。

しかし、パリで待っていたのは、労働許可証を持たない一留学生にとって、とても厳しい現実でした。一般の求人情報やあらゆるツテを頼って履歴書を送りましたが、結果は不採用通知のみ。留学資金も底を尽き、泣く泣く帰国を決意します。

アシスタントバイヤーデビュー

帰国して働くことになったのは、ラグジュアリーブランドを中心に扱うエッジーでおしゃれなセレクトショップ。商社での経験を活かし、アシスタントバイヤーの職に就きました。このショップには、おしゃれで、本当にファッションが大好きなスタッフが集まっていました。

さらに、この会社はセレクトショップという形態の中で、つねに革新的な挑戦をしていて、多くの経験をさせてもらいました。

入社後すぐにオープンした六本木ミッドタウン店では、自社店舗以外ではいっさい販売をしていないシャネルのバックを期間限定で販売することになっていましたし、ほかにもヴァンクリーフ&アーペルやHUBLOTなどをはじめ、高級ブランドのローンチパーティやイベントを頻繁に行っていて、華やかなファッション業界を地でいくような、何とも美しくキラキラした職場でした。

セレクトショップでの仕事にも慣れてきた頃、パリやミラノへの買い付けに同行するようになりました。その当時、お店で扱っていたのは、Dior、YSL、Alexander McQueen、Balenciaga、John Galliano、Lanvin、Miu Miu etc. 名だたるブランドの数々。

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