3月21日からの飛び石連休を利用して、筆者はハノイとシンガポールを訪れた。別段、米朝首脳会談が行われた「聖地巡礼」という目的があったわけではない。諸般の事情の結果、ハノイ2泊、シンガポール2泊というパーソナルな日程が成立しただけである。
とはいうものの、やはり気になるではないか。もちろんハノイでも、米朝首脳会談が行われたメトロポールホテルを訪れてみた。ハノイでは由緒のあるホテルである。特にベトナム料理は絶品で、旧日商岩井の名物ハノイ店長もご贔屓にしていたとのこと。実際に現地に行ってみて感じたのは、ハノイといいシンガポールといい、良いホテルであったし、「いい絵」が撮れる場所を選んである、ということであった。
金正恩委員長は「トランプ劇場」の脇役に過ぎなかった
ハノイ会議に向けての事務方の交渉では、アメリカ側は「連絡所の設置」「終戦協定」などのカードを用意していたという。
しかし北朝鮮側は、事務方が具体的な権限を与えられておらず、交渉は早々に行き詰った。後は首脳同士のトップ会談に委ねるほかはない。トランプ氏が考えていたのは「ビッグディール」と呼ばれるもので、北朝鮮が核の全面放棄を受け入れるならば、制裁をすべて解除するという大胆な提案であった。両首脳の友情の下に偉大な合意ができる。なるほど、決まれば画期的な成果となっただろう。
しかるに北朝鮮側の答えはノー。金正恩委員長は、どうやら核を手放すつもりはないらしい。それが見えた瞬間に、トランプ氏はあっけなく物別れを決めた。昼食会もキャンセルして、ハノイを立ち去ることにした。
マイク・ポンペオ国務長官やジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官が説得したとか、同日に行われたマイケル・コーエン元顧問弁護士の下院公聴会を見て考えを変えたといった説は、たぶん当たってはいない。トランプ氏は、「カッコよく会場を去る大統領」という絵を選んだのである。
面白いショーを企画し、主演し、かつ演出するプロデューサーとして、トランプ氏は掛け値なしに一流だ。ただし国益を懸けた外交交渉だという意識は、深くはなかったのではないか。この点は、シンガポールの運転手氏に深く同意せざるを得ない。2度の米朝首脳会談は、外交交渉というよりは世界の耳目を集める「トランプ劇場」であった。
北朝鮮側は当てが外れてしまった。偉大なる金正恩委員長といえど、トランプ劇場においてはわき役の一人に過ぎない。もう次の出番はないかもしれないのだ。
従って、北朝鮮の次の出方は難しい。再び軍事的な挑発を始めるかといえば、それはリスクがある。アメリカで次の政権が誕生するのを待つか、といえば、トランプ再選の確率は思ったより高そうだし、次に民主党政権ができた場合は前政権の路線を否定し、オバマ時代の「戦略的忍耐」(つまり北朝鮮を無視)に戻る公算が高い。米朝交渉を再開するためには、トランプ政権を相手に自分たちが譲歩する以外にないのである。
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