日本人の「教育改革論」がいつも的外れなワケ 課題は「子ども」ではなく「社員教育」にある

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私が子どもの頃、イギリス経済はどん底の状態にありました。かつて大英帝国と呼ばれた大国も、第二次世界大戦後、輸出の機会が次々に減っていき、戦前の常識が通用しなくなっていったのにもかかわらず、政治も企業も労働習慣もなかなか変革できなかったのが衰退の理由です。

その当時、イギリスでは経済衰退の犯人探しが盛んに行われました。国民性、教育、政治、労働者の質と、なにもかもが犯人にされ、もうなにもかもがダメだという諦めムードが蔓延していきました。しかし、「これさえ変えればよくなる」という提言もあふれていました。今の日本とまったく同じです。

最終的には、サッチャー首相が中心となって大改革が断行され、経済は好転し始めました。マイナス方向に向かっていたイギリスの経済が、プラスの方向に動き出したのです

面白いことに、イギリス経済衰退の真犯人だと言われたにもかかわらず、変わらず放置されていた多くのことが「改善した」と言われるようになりました。結局は「真犯人」などではなかったのだとつくづく感じたのを、今も覚えています。

このイギリスの経験からすると、経済がダメだから教育がダメと言われるのか、教育がダメだから経済もダメになっているかという因果関係をしっかりと検証する必要があります。しかし、今の教育改革論は、いかにも日本的な感情論、感覚論にすぎない可能性が高いのです。

経済が悪いと何でもダメに見える

年金問題を例にとって説明しましょう。

今の日本では年金制度が崩壊寸前だから、改革しなくてはいけないという意見をよく耳にします。今の年金制度は制度として健全ではないので、制度自体を変えるべきだという考え方が、日本では多数派ではないかと思います。

「健全ではないので、支出を抑えるべき」と主張する人は、年金の支給制度を変えるべきと言います。一方、年金の収入を充実させるべきだという人もいれば、運用を変えるべきだという人もいます。

しかし、分析をしてみると、年金制度の健全性と経済の健全性との間には、非常に強い関係があることがわかります。なかなか芳しくない日本経済の下、日本の年金が健全な状態にあるはずもないのです。

年金制度の健全性は制度の問題ではなく、経済の健全性次第だという分析ができるのであれば、年金制度をいじる前に、大元の経済を改善させていけば、制度自体は変えなくてもすみます。または、経済が改善しない場合に必要とされる改革より、軽く済むことも十分考えられます。

要するに、年金制度そのものに問題の本質・根本があるのか、それとも、より根本的な問題がほかにあるのかを考えるべきなのです。

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