爆売れ「八天堂のくりーむパン」の意外な軌跡 倒産寸前に陥った老舗は、こうして再起した

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そして2008年の夏、1年半の開発期間を経て、“くりーむパン”の原型が完成した。まずは八天堂の店舗や広島市内のデパートで販売を開始したところ、たちまち人気商品に。品薄となり、どこで買えるのかという問い合わせも殺到した。

翌年2月には念願の東京進出を果たす。五反田駅直結のショッピングセンターに出店した際は、目立たない場所にもかかわらず、1日に2000個以上売れた。大宮駅の構内では、催事売り場の坪当たりの売り上げで、過去最高の数字をたたき出した。選ばれたブランドしか出店できない、激戦区の品川駅にも店舗を構えることができた。有名人がテレビで絶賛したこともあり、メディアにも相次いで取り上げられるように。

1つ200円と設定した値段にも狙いがあった。パンというカテゴリーにおいては高めだが、スイーツとしては手頃に感じられるからだ。実際に購入客の多くは、ケーキのような感覚で、手土産用として購入していった。くりーむパンは経営危機を乗り越えるどころか、八天堂をまったく新しいパン・スイーツの世界へと飛躍させたのだった。

社員との関係性も「激変」した

カフェリエの外観(筆者撮影)

くりーむパン以外にも、孝雅氏はさまざまなチャレンジを続けていった。2016年には、広島空港前の工場に併設して、「八天堂カフェリエ」をオープン。工場見学だけでなく、実際にパンづくり体験も行える体験型の店舗だ。お店の外では、何と2頭のポニーと触れ合うこともできる(ちなみに名前は“マロン”と“クリーム”)。

「デジタル化が進めば進むほど、人はアナログを求める習性があります。動物園にスーツ姿の大人が増えていると聞き、そう確信しました。であれば、私たちはアナログを極めようと。非日常的な空間やサービス、コミュニケーションや触れ合いを通じ、楽しく温かくサプライズを提供するためにカフェリエを始めたのです」

カフェリエの外ではポニーたちと触れ合える(筆者撮影)

今後は2020年をメドに、道の駅とコラボし、広島空港前のこの地に食のテーマパークをつくりたいと孝雅氏は話す。地元の物産を販売したり、広島らしく鉄板と掛け合わせたスイーツを提供したりすることで、地域を盛り上げると同時に、くりーむパンをはじめとした食文化を三原から東京、全国、さらに世界へ発信していくことを目指しているのだそう。そして寿司やすき焼きやラーメンのように、“くりーむパン”という言葉が世界中に広まり、食文化として定着することが目標なのだと目を細める。

そのビジョン実現に欠かせないのが、社員との関係性だ。離職者が相次いだかつてとは大きく変わった。それを表す出来事として、孝雅氏の誕生日には毎年、サプライズでさまざまなプレゼントが社員から贈られるという。孝雅氏の顔をモチーフにした、アート作品が届いたこともある。「アウシュビッツに行ってみたいな」という何気ない言葉から、同地への旅行をプレゼントしてもらったこともあるという。

「これも私が、社員のために会社をよくしたいと心から思い、本気で実践していたからでしょうね。そうでなければ、こんなうれしいことをしてくれてなかったでしょうから」

幸福と慈愛に満ちた表情で、終始笑顔でインタビューに応えてくれた孝雅氏。「人々を甘いお菓子で明るく元気にしたい」という創業者・香氏の思いは、すべてを失いかけた孝雅氏によって再発見され、新たな価値をまとい受け継がれている。

肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京都生まれ。ルポルタージュや報道系の記事を主に手掛ける。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』(青月社)、『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。』(実務教育出版)。東京・新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」のオーナーでもある。ライフワークは愛の研究。

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