結局、弟からは1000万円を借りた。だが、数カ月の猶予ができたにすぎない。経営を立て直すため、根本的にビジネスモデルを変える必要があった。そんな時、地元のスーパーの「天然酵母の袋詰めパンがあったらいいのに」という声を受け、製造・卸売りを始めたところ大ヒット。経営状態は回復し、業績も好調が続いた。
しかし他社も参入し始め、次第に売り上げは停滞していく。2度目の経営危機だった。そのときに孝雅氏が考えたのが、約100種類あったパンを1つに絞ることだった。
「うちのような中小企業は、資本も資源もありません。だからこそ、選択と集中が必要だと考えたのです。100種類から1種類に絞ることで、商品開発にも100倍のエネルギーを費やせるようになりますから。同じく三原市にある菓子メーカーの共楽堂さんが、マスカットと求肥を組み合わせた『ひとつぶのマスカット』という商品を開発し、東京の一流デパートでも扱われるほど人気になったことにも勇気づけられましたね」
「口どけ×クリームパン」という組み合わせ
では商品を何に絞るのか。孝雅氏はこれまで1万点以上のパンを開発してきた。しかし、一時的に客の注目を集めても、すぐ飽きられることがほとんどだった。その理由について、「奇をてらったものばかりつくっていたからです」と分析する。長く愛される商品は、どのように開発すればいいのか。悩む孝雅氏に啓示を与えたのは、経済学者シュンペーターの言葉だった。
「“あるもの”と“あるもの”を組み合わせたときイノベーションは起こる。その“あるもの”とはスタンダードなものである、という言葉が稲妻のように入ってきました」
頭に浮かんだのは、「口どけ×クリームパン」という組み合わせだった。焼きたてのクリームパンはおいしいが、冷めると口どけで洋菓子にかなわない。また共楽堂のように、東京で販売することも考えたとき、広島で製造して運ぶことになる。時間が経過しても、味が落ちない商品をつくる必要があった。
そこからは試行錯誤の連続だった。口どけをよくするため、カスタードに対し生クリームを多めに配合してみては。いや、それでは焼いたときに流れ出てしまう。パンを切って後からクリームを搾り入れたらどうか。手間がかかるからシュークリームのようにポンプで入れてみては。パン生地に使う小麦粉の配合はどうするか。パンとクリームの一体感を出すには……などなど。
周囲を説得することも楽ではなかった。商品を1つに絞ることに対し、誰もが大反対だったという。
「社員からは『うまくいくとは思えない』『ついていけません』という声が相次ぎました。2代目からは『いよいよおかしくなったか』と、考え直すよう延々説得されましたね。商品を卸していたスーパーや量販店からも激怒され、出入り禁止になったお店もあったほどです」
それでも孝雅氏は、考えを決して変えず、商品開発に取り組み続けた。それくらい、クリームパンに社運と人生を懸けていた。離れていった社員や取引先もあったが、孝雅氏の覚悟を感じてくれたのか、応援してくれる人も現れるようになった。
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