ブレグジットに反対する「エニウェア族」の正体 「リベラルな知識人」が自由民主主義を壊す

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グッドハートは、「エニウェア族」と「サムウェア族」との間の国民世論の分断現象は、英国だけではなく、程度の差はあれ、現在の先進諸国に共通してみられるものだと論じる。

確かに、現在、注目を集めているフランスの「黄色いベスト」運動も、この図式で見ることができるであろう。「エニウェア族」の典型のようなマクロン大統領は、政権獲得以来、パリなどの大都市に住む高学歴・高所得者の利益に偏った政策ばかり進めてきた。「黄色いベスト運動」の背景には、庶民、とくに地方暮らしの「サムウェア族」的な庶民層のマクロン政権に対する反発がある。

トランプ大統領を選出した米国、およびポピュリスト政党の躍進著しいイタリアなどの欧州諸国の政治的な対立構図も、「エニウェア族」と「サムウェア族」という区分を念頭に置けば、理解が深まるはずだ。

自死へ向かう日本

日本でもそうだが、先進各国のマスコミや評論家は、英国のブレグジット支持層や米国のトランプ支持層、欧州諸国のポピュリズム運動支持層を、押しなべて「排外主義者」「ナショナリスト」「極右」などと悪しざまに言ってきた。

マレーが『西洋の自死』で指摘するように、欧州諸国の庶民が、移民受け入れ政策に不平を言ったり、反発したりしても、マスコミや評論家は、彼らに対して、非リベラルな人種差別主義者というレッテル貼りをするのが常であった。

だが、マレーやグッドハートが描き出す現在の知識人層の根無し草的なものの見方を理解すると、別の様相が見えてくる。つまり、自由民主主義の政治や社会をよく理解せず、事実上、その土台を揺るがしてしまう結果を招いているのは、実は、マスコミや評論家、学者、財界人などの高学歴・高所得の人々、つまり「エニウェア族」の誤りのせいではないかということである。

自由民主主義社会には、実は、しっかりとした国民の連帯意識や相互信頼感が必要なのだ。「エニウェア族」は、そうしたナショナルなものを、「グローバル化の時代にそんなものは時代遅れだ」と思い込み、重視しない傾向がある。それが社会を混乱させているのだ。

マレーやグッドハートが指摘するのは、主に、欧米先進国の現状であるが、日本も例外ではないだろう。日本では、「保守」を自称する政権が、グローバル化を推し進め、改正入管法を可決してしまったわけであるから、なおいっそうタチが悪いと言っていいかもしれない。「保守」でさえそうなのだから、「リベラル派」を自任するマスコミや野党はなおさら、安定した社会の根本には、ナショナルな文化やそれのもたらす国民の連帯意識や信頼感が必要だということに思いは至らない。

欧州に比べ、約半世紀遅れで外国人単純労働者や移民の大規模受け入れを決めた日本も、今後、「多文化共生」や「地球市民」などの浮ついた理念の下、事実上の移民の大規模受け入れやその他のグローバル化推進策を進めていくだろう。それに伴って、国民意識の分断が進み、社会の土台は腐食し、今後数年の間に「日本の自死」が現実化していくのではないだろうか。

施 光恒 政治学者、九州大学大学院比較社会文化研究院教授

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せ てるひさ / Teruhisa Se

1971年福岡県生まれ。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士(M.Phil)課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラリズムの再生』(慶應義塾大学出版会)、『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)などがある。

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