ブレグジットに反対する「エニウェア族」の正体 「リベラルな知識人」が自由民主主義を壊す
しかし、グッドハートは、福祉や移民問題に関心を持ったことにより、「エニウェア族」になじめなくなったという。福祉の問題に関心を持つのであれば、本来なら、人々の間の連帯意識や相互扶助意識の維持に注意を払わなければならない。福祉は、結局は、国民同士の助け合いの仕組みにほかならないからである。国民の間に、連帯や相互扶助の強い意識がなければ、福祉制度はうまく機能しない。
「エニウェア族」の人々は、高学歴で社会に対する問題意識も高いので、福祉に関心を抱く者は多い。だが、その一方で、福祉の前提条件であるはずのナショナルな連帯意識や共通のアイデンティティを軽視し、ないがしろにする傾向が強い。ナショナルな連帯意識やアイデンティティを強調することはリベラルではないと感じてしまうからであろう。
また、「エニウェア族」は、移民受け入れにも積極的で、移民の急激な流入が社会の「われわれ意識」や信頼感を損なう恐れにあまり注意を払わない。「エニウェア族」の考え方は矛盾をはらんでいるのだが、彼らはそれに気づかない。
このようなことから、著者は自らの周囲の「エニウェア族」の価値観や感覚に違和感を抱くようになった。
自壊的なエリート層
このようにグッドハートは、「エニウェア族」と「サムウェア族」という類型を示し、現在の英国世論は分断されていると論じる。EU離脱を問う2016年の国民投票では「エニウェア族」のほとんどが「残留」に投票した。「サムウェア族」は主に「離脱」に投票した。
グッドハートが「エニウェア族」に批判的であるのは、結局のところ、「エニウェア族」の増殖は、安定した自由民主主義社会の存立を脅かす恐れがあるからである。彼は次のように記す。
「社会がうまくいくのは、実際のところ、協調、なじみ深さの愛好、信頼といった習慣的基盤に、そして言語的、歴史的、文化的紐帯に依拠しているからである」(同書21ページ)。
もちろん、グッドハートも、さまざまな思想や人の移動を生み出す開かれた社会の重要性は認める。しかし、開かれた社会を可能にする土台にも注意を払わなければならないと強調する。
「欧州社会の繁栄は、多数の難民も引き付けて止まないが、この繁栄を続けるには、一般市民の間に相互の尊重や信頼の気風が残っていなければならない。そのためには、定義しにくいものだがいわゆる『ナショナルな文化』や『生活様式』に吸収できる程度に移民の流入を留めねばならない」(同ページ)。
だが、「エニウェア族」は、自分が享受する自由で安定した秩序自体が、ナショナルな文化や生活様式、ならびにその共有から生じる共通のアイデンティティや連帯意識、相互信頼感を土台にしていることに気づかない。国境を開放し、移民をどんどん受け入れる姿勢のほうが、リベラルであると思い込み、結局は、安定した自由民主主義の政治秩序が必要とするナショナルな文化やそこから生じる連帯意識などを脅かす結果を招いてしまっている。
「エニウェア族」の考え方に対するグッドハートのこうした懸念は、『西洋の自死』のマレーと重なるところが多い。両者とも、政治的に力を持つ知識人層のいわば「地球市民的」で「根無し草的」な自由民主主義の捉え方に対して警鐘を鳴らしているのである。
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