結婚8年、46歳で別れた公務員夫が受けた屈辱 「箱入り娘」妻の身勝手に振り回され続けた

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「どうなってるの?」と問いただすと、「ふざけんな! お前の稼ぎが悪いからだよ。男が稼いで家に金を入れるのは当たり前だろ! 悔しかったらもっと稼いでこい! 借金してないだけありがたいと思え。貯金をする余裕なんてない」

と当たり散らされた。それ以降は、今度は何かと年収についてなじられるようになる。

「稼ぎが悪いって言われても、公務員だから年収は一定なんですよ。その当時、額面で年収700万円でした。生活できないほどの額ではないと思うんです。何にそんなにお金がかかっているのか、正直わかりませんでした。今思うと、元妻は離婚に向けて隠し口座を作っていたんじゃないかと思います」

玲子さんの職場では希望すれば育休は3年取れる。玲子さんは、育休中は収入が通常の7割ほどに減っていたが、育休から復帰すると、世帯年収は合計1000万円を超える計算になる。生活がきついんだったら、早く職場復帰したら?と気軽な気持ちで言うと、それが逆鱗に触れたらしい。

「仕事を休んで子どもと一緒にいるのが母親としての愛情なの。愛情のない家庭で育ったあんたにはわからないでしょうね。このかわいそうな男!」

実さんは罵られた。それは、両親が離婚している実さんを侮辱する言葉だった。胃がキリキリ傷んだ。それでも、妻と何とか関係を修復しようと、実さんは必死だった。

「気持ち悪いから話しかけるな」と言われて

精神的に最も堪えたのは、妻の無視だ。

「最後の数カ月は、『お前は気持ち悪いから、私に一切話しかけるな』と言われ始めたんです。何をしたわけでもないのに、なんでそんなことを言われなきゃいけないのか、わかりませんでした。でも、その日から無視が始まった。無視は、妻のモラハラの中でもいちばんつらかったですね」

「ただいま」「仕事に行ってくるね」と何度話しかけても、返事がまったく帰ってこない。家ではまるで空気のような存在として扱われた。そのうち、家に帰るのがストレスとなり、胸が苦しくなっていた。妻への心はとうの昔に離れていたが、子どものために結婚生活を維持しなくてはと、それだけの思いで耐えていた。

しかし、別れのときは唐突に、そして一方的に訪れた。

ある夏の日、子どもがアンパンマンの浮き輪を欲しがったので、近所のホームセンターで買って帰ると、玲子さんは「私がネットで注文したのに、無駄なことして! もう、離婚だ、離婚!」と言って、目の色を変えて激怒した。

「アンパンマンの浮き輪で離婚って、バカバカしいと思われるでしょうね。でもそれが事実なんです。子どものためにも、離婚はしないでくれといくら説得しても、頑として聞かなかった。義理の両親も味方に付けられてしまって、結果として、僕が折れるしかなくなりました。自分でも本当に仕方のないことで、離婚してしまったと思いますね」

玲子さんの身勝手に最後まで振り回される形で離婚を突きつけられたが、子どもの親権だけは取りたいと思い、調停へともつれ込む。職場の上司には子育ての環境として問題はないと一筆書いてもらうなどしたが、子どもの親権は取れなかった。

「妻から長年モラハラがあったことを調停員に話したんです。でも、最初は『男のお前が悪いんだろ』と決めつけられました。僕が親権を取りたいと言うと、それを交換条件に養育費を下げさせる魂胆だと思われました。

最終的には、理解を示してくれましたが、それでも親権は取れませんでした。裁判官に親権は母親だと告げられた瞬間は、泣きましたね。離婚は後悔していませんが、子どもは取られたので、心は引き裂かれたままなんですよ」

裁判所の統計によると、離婚調停(またはそれに代わる審判事件)で、父親に親権が渡るのは1割以下となっている。

「何年かかってでも、裁判で子どもだけは取り戻したい。望みは限りなく薄いんですけど……」。そう言って実さんはがっくりと肩を落とした。

菅野 久美子 ノンフィクション作家

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かんの・くみこ / Kumiko Kanno

1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。単著に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国』(双葉社)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(KADOKAWA)など。

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