こうしたイラストを「百均で買ってきた材料で、さらさらっと描いちゃうんです」という。将来は、この才能を生かせる仕事に就いてほしい、それがチエさんの願いだ。
今回、チエさんに同席をお願いしたのは、親族や恋人など親しい人にとって、発達障害のある人はどんなふうに見えるのかを、知りたかったからだ。結果は一長一短だった。
チエさんに話を聞き、発達障害のある人の生きづらさに寄り添えるかどうかで、見える光景は180度違うことが、あらためてわかった。一方で、肝心のケンジさんの生きづらさが、私にはいまひとつピンとこなかった。
怖いのは、発達障害の2次障害
ケンジさんは話をしながら、たびたびチエさんと視線を交わした。それは、まるで「俺、脱線してない?」と確認をしているようだった。ケンジさんの話に、チエさんが助け舟を出すことも。このため、少なくとも取材では、ケンジさんからは発達障害のある人に特徴的な意思疎通の難しさを感じる局面が、ほとんどなかったのだ。
チエさんが間に入ることで、障害の深刻さが見えづらくなったのか。チエさんの存在のおかげで、障害の症状が改善されたのか。私には判断がつきかねた。
これに対し、チエさんは「怖いのは、発達障害の2次障害です。発達障害の人は過去に受けた差別や排除の経験から、うつ状態などになりやすい。(ケンジさんも)自己肯定感が低く、よく『自分はゴミみたいな存在』と言ったります」と言う。ケンジさんは働くことができない理由について「最初の会社での経験がトラウマになっているようにも思います。単にビビっているだけなのかもしれませんが……」と説明する。
現在、2人にとって、一番の困りごとは生活費だという。確かに世帯年収400万以下では家計はカツカツ。ケンジさんの医療費もバカにならない。数年前、ケンジさんが消費者金融から数十万円の借金をしていることがわかったときは、真剣に心中を考えたという。
ふと、冒頭のNPO法人関係者の話を思い出した。多様な人々を受け入れる“余裕”があった往時なら、ケンジさんは居場所を見つけることができたのだろうか。チエさんはどこまでも共感的、支持的に寄り添う。ただ、それは本来、社会が示すべき寛容さだとも思うのだ。
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