日本人はいつから「雑音恐怖症」になったのか 「私語」は決して生産性の敵ではない

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人が食べ物をクチャクチャとかむ音、人の息遣い、ヘッドホンの漏れ音など特定の音に敏感になり、どうしても耐えられないという症状で、赤ちゃんの泣き声や子どもの声などを極端に嫌悪する人もいるという。もちろん赤ちゃんの泣き声は、そういった症状のない普通の人にとっても、心地よいものではないが、特にセンシティブな人もいるということだ。

人と人とのつながりの希薄化も影響している。地域の結び付き、近所付き合いなどが少なくなるにつれ、これまでは日常に存在していた生活の音が不快になったりするということもあるだろう。かつては、路地や町中にあふれていた子どもたちの笑い声や叫び声も、少子化に伴って少なくなり、それが、つねに身の回りにある音ではなくなった。保育園などの建築への反対運動や、現在ある保育所や幼稚園など学校への苦情といったケースは後を絶たない。子どもの声を「騒音」ととらえる国で、少子化が進むのはやむをえない話ではないだろうか。

「人の雑音」に対しての許容度

特に日本は、そうした「人の雑音」に対して、許容度が低いところがあるように感じる。たとえば海外では、公共交通機関内での携帯電話の使用に目くじらを立てられることはない。狭い空間の中でも平気で大声で話し、お構いなしだ。

さらに特殊なのがエレベーターだ。あの中での私語がマナー違反だということになったのは、ここ十数年のことだろうか。最初は、会社の情報が社外の人に聞こえることが問題なので、仕事の話はしないように、ということなのかと思っていたが、私語そのものが、他人にとっては迷惑という解釈のようだ。かつて聞かれたような「おはようございます。どうだった、昨日は?」「いやあ、飲みすぎちゃいまして」なんていう会話はもう、はるか昔の思い出だ。一方、海外で、エレベーターが「私語禁止の空間」などといった認識はあまりない。

こうした「私語」に対するアレルギー反応は、オフィスにまで広がっている印象もある。先日、以前働いていた新聞社を訪ねたが、建て替えで今はやりの「オープンオフィス」構造になっていた。ワンフロアまるごと仕切りがなく、はるか遠くまで見渡せる。驚くのは、恐ろしいほど、物音がしないことだ。吹き抜けになっているので、階下の物音まで聞こえてきそうなほどの静寂だ。

社員同士のコミュニケーションを促進するとして、アメリカなどでも急激に導入が進んだ、仕切りのない「オープンオフィス」。これが実は生産性を下げるという研究結果が最近、話題になった。今年の7月に、ハーバード大学の研究者が発表したもので、職場の物理的な障壁をなくすとコミュニケーションや集合知が生まれにくくなることが明らかになった。ある企業で、オフィスを従来型からオープン型に変更したところ、社員同士が対面でコミュニケーションする時間は70パーセントも減った一方で、電子メールの量は22~50パーセント増加したという。企業としての生産性も低下するという意外な結果を招いた。

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