都内「助成金漬け」保育園、ずさん経営の末路 経営悪化で保育士が一斉退職、突然の閉園に

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政府の「待機児童解消加速化プラン」に参加する自治体で働く保育士は、「宿舎借り上げ支援事業」によって住宅費の補助を受けることができる。

細かな規定は自治体ごとに異なるが、東京都の場合、保育事業者がアパートやマンションを借り上げ、一定の条件を満たした保育士を採用して住まわせると、1戸あたり月額8万2000円まで補助する制度だ。都内では家賃の8分の7を国・都、区市町村が負担するなど、手厚い内容となっている。

保育士の給与水準は相変わらず高いとは言えないが、保育士自身の住居費負担をかなり軽減できるため、ほかの自治体から保育士を呼び込める制度ともいえる。しかし、転職を希望する保育士にとっては、この制度が思わぬ足かせになる可能性がある。

「宿舎借り上げ支援事業」では、補助は保育士個人ではなく、雇用主である保育事業者に対し行われる。そのため保育士が退職した場合、退職後も住み続けるには個人契約に切り替える必要がある。しかし、許可が下りないケースや家賃の自己負担が激増し払えないケースもあり、転居を余儀なくされることも少なくない。

では近くに引っ越せばよいのかというと、そうもいかない人もいる。「同じ市区町村内での転職者」は補助の対象としない自治体もあるのだ。たとえば杉並区では、「過去1年間に区内で宿舎借り上げ制度対象の園に勤務していた者」は補助対象にならない。区の担当者によると、区内の園同士の引き抜きなどを防ぐ目的の条件だという。過去に同様の条件を設けていたが、現在は廃止した自治体もある。

小学校や保育園に通う子を持つ保育士の場合、同じ市区町村に住めないとなると、子どもは転校・転園せざるをえない。とりわけ年度途中の転職となると、途中入園できる保育園を見つけることも困難を極める。本来ならば信頼できる雇い主の園に転職したくても、住宅補助の打ち切りや子どもの転園の難しさから、問題のある保育園からの離職を躊躇する保育士もいるのが現状だ。

次なる「A社」を出さないために

年度途中で保育士がどんどん入れ替わったり、閉園したりすれば、園児にも保護者にも大きな負担となる。そのような園で働くことは保育士にとっても大きなリスクだ。A社のような事業者の参入を簡単に認めないルール作りが必要ではないだろうか。児童育成協会や自治体は、助成対象園の財務状況の監督を強化し、情報公開をより進めるべきと筆者は考える。

A社の保育園は現在、一部を残してほかの事業者に事業譲渡が進められている。新しい経営者の下で健全な経営が実現されることを願うばかりだ。

【編集部注】筆者はA社に対して質問事項を送付し、取材の申し込みを行った。しかし、A社は代理人弁護士を通じ、回答期限までの期間が短いことなどを理由に取材に応じない旨を東洋経済新報社代表者宛てに連絡してきた。これに対し、編集部から回答期限については柔軟に対応するとしたうえで、あらためて取材に協力するよう要請したが返答がなかった。そのため、当記事にA社側の主張は掲載されていない。
大川 えみる 保育ライター
おおかわ えみる / Emiru Okawa

西日本の民間認可保育園の元園長。保育士・幼稚園教諭を養成する短大・大学の講師を歴任。園長と教員の経験をもとに、保育現場から社会の動向を読み解く。「保育士給与増額署名」呼びかけ人。日本保育学会、日本乳幼児教育学会会員。各地で就職セミナー、保育者研修なども行う。著書に『ブラック化する保育』(かもがわ出版)、教材DVDに『事例で学ぶ!保育トラブル111分完全密着解決マニュアル』『保育のブラック化をこえて』(ともに医療情報研究所)などがある。公式ブログ「大川えみるの保育日誌」

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