「信教の自由」を盾に開き直る宗教界への疑問 収支はひた隠し、労務管理もずさんそのもの

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水田さんは2013年4月から本山境内にある研修宿泊施設で門信徒の世話役である「補導」として働き始めた。朝のお勤め前の6時半すぎには出勤し、夜は22時過ぎになることもザラだったという。とりわけ繁忙を極めたのが、子供や学生の奉仕団がやってくる夏休み期間中だ。「残業時間は最大で130時間を超えていた」(水田さん)。

水田さんは仏門に入る前、民間企業で5年、本山の補導となる前は、宗派教務所で事務職として働いていた。「企業ではもちろん、教務所でも残業代は支払われた。本山でも事務職には残業代が支払われるのに、勤務時間が長い補導には支給されないのは納得できなかった」(水田さん)。

水田さんは同僚と地域労働組合に加盟し、2015年秋から団体交渉を行った。真宗大谷派側は残業代不払いのみならず、労働時間を把握してないことや、補導については残業代を支払わないという違法な覚書を40年以上前に職員組合と締結して更新し続けてきたことを認めた。

ただ団交の席上、直属の上司は水田さんにこう言い放ったという。「宗教心があればこんな訴えは起こさない」「同じ環境で働いてきた人が多くいるのに、おかしな訴えを起こすのはあなたが初めてだ」。こうした言葉が象徴するように、僧侶は出家して仏門に入れば俗世とは離れるので、その活動は「修行」であり「労働」ではないという考えが仏教界に根強く残る。ほかの宗教でも同様だ。「宗教法人には労務管理という意識がなく、労働法の知識が乏しいのが実情だった」(僧侶で宗教法人法務に詳しい本間久雄弁護士)。

相応の給料を受け取っていれば労働者

僧侶をはじめとする聖職者の労働者性について厚生労働省は「宗教関連事業の特殊性を十分配慮すること」との通達を出している。具体的な判断基準によれば、寺院の指揮命令によって業務を行い、相応の給与を受け取っていれば労働者として扱われる。

聖職者といえど同じ人間。心身に悪影響が及ぶほどの無茶な働かせ方や、人権を無視した扱いが許されていいワケはない(写真:KOHEI 41 / PIXTA)

世界遺産・高野山(和歌山県高野町)の寺院に勤める40代の男性僧侶が、連続勤務でうつ病を発症したとして、昨年10月に労災認定されている。また宗教上の地位の剥奪である「破門」についても、不当な「解雇」との争いについて、裁判所は昨年、破門に正当な理由はないとする仮処分決定を出している。

こうした労働問題と並んで宗教界を揺さぶる世俗からの波が、厚生年金の未加入問題だ。2015年ごろから日本年金機構は寺院に厚生年金の加入を迫るようになった。法人税法上、住職が宗教法人から受け取る金銭は、現物を含めて役員報酬に該当するため、社会保険の加入対象となると判断されたためだ。「宗教界は生涯現役を理由に反発するが、中小・零細企業の社長の多くは社会保険に加入している。宗教界だけが特別との主張は通らないだろう」と、前出の僧侶で税理士の上田氏は話す。

個々の是非はともかく、法令順守という世俗のルールが宗教界にも序々に浸透しているのは間違いない。情報開示への消極姿勢も、やがて変革を迫られるだろう。信教の自由を守ることは、宗教法人の既得権益を守ることと同義ではない。公益性と性善説について国民的合意を得るためにも、世俗のルールとの調和を目指した自己改革が望まれる。

『週刊東洋経済』9月1日号(8月27日発売)の特集は「宗教 カネと権力」です。
風間 直樹 『週刊東洋経済』編集長

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かざま・なおき / Naoki Kazama

1977年長野県生まれ。早稲田大学政経学部卒、法学研究科修了後、2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。14年8月から17年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。復帰後は『週刊東洋経済』副編集長を経て、19年1月から調査報道部、同年10月より現職。著書に『雇用融解』(07年)、『融解連鎖』(10年)、電子書籍に『ユニクロ 疲弊する職場』(13年)など。

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