松井大輔が体現する、異国の地で生き抜く術 11年間で4カ国、クラブを渡り歩いた男の軌跡

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8年前の名シーンを思い返してみても、屈強な黒人DF相手に松井はひるむことなく仕掛けに行き、鋭い切り返しで絶妙なクロスボールを本田めがけて蹴り込んだ。

「あれこそが1対1とフィジカル重視のフランスで戦ってきた成果」だと本人も言う。豊富な欧州経験があったから、相手に対しても技術・メンタルの両面で優位に立って戦えた。それだけ日常の積み重ねが大舞台で出るのだ。

こうした実力を身につけるためにも、最初の関門を突破しなければいけない。2004年アテネ五輪の直後にル・マンからオファーを受けた松井はフランス2部という日本人選手にとって未知なるリーグへ赴き、ガムシャラに現地に適応しようとしたという。

日本人が欧州でどう生き抜いていくべきか

欧州、特にフランスにはアフリカから成功を目指す無名選手がゴロゴロしている。ロッカールームでシャワーを浴びていると「お前、1カ月の給料いくらなんだ」といった会話が普通に交わされる。

ビッグクラブに買われた選手が短期間でいなくなり、しばらく後にクラブハウスの改修工事が始まるといった例もあった。

「欧州におけるサッカー選手は商品なんだ」

松井は心底、そう感じたという。

だからこそ、選手たちは日の当たる場所を求めてピッチ内でもバチバチぶつかり合う。練習の激しさはJリーグ時代とはまったく違った。フィジカルモンスターのような黒人選手相手に華奢な日本人ファンタジスタが同じ土俵で戦っても勝てない。そういう中でどう生き抜いていくかを自分なりに考え、解決策を見出していく。

「自分のよさであるドリブルや技術を生かそう。人のためにやろうなんて日本人的な感覚でいたらここでは埋没してしまう」と松井は早い段階で気づいたという。

その作業を突き詰め、ゴールに直結するプレーを増やしたことで、ようやく監督やチームメートから信頼を得られ、コンスタントに活躍できるようになった。

その後、赴いたロシアやブルガリア、ポーランドでは必ずしも成功を収めたとは言い切れない。けれども、松井はそれぞれの国の価値観や習慣、民族性を前向きに受け止め、理解し、その中で自分の武器を出していこうと努めた。こうしたアプローチは時代が変わってもつねにサッカー選手に求められる要素だ。

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ひいては海外相手にビジネスを展開するサラリーマンにも共通する部分ではないか。

彼が語っている異国で生き抜く心構えや具体的な努力の過程は、これから外国でサバイバルを目指す日本人には大いに参考になるはず。そういう意味でも幅広い層に受け入れられるはずだ。

「年齢や属性が自分の身を守ってくれない世界で生き残るには、自分の力で生き残るしかない」と51歳でプロサッカー選手を続けているキング・カズ(三浦知良=横浜FC)も強調する。そのヒントとなる松井の提言が凝縮されている。

(文中敬称略)

元川 悦子 サッカージャーナリスト

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もとかわ えつこ / Etsuko Motokawa

1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。

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