私の歯を住宅用洗剤で磨かせた精神病の母へ

誰にも助けを求められなかった

私のACEスコアは5だ。勉強熱心ないい子だった昔のように、私はきちんとした有能な大人の仮面を被っている。倒れずにこの世を生き抜くためにはたゆまぬ努力が必要だ。それには薬に3種類のセラピー、運動、正しい食生活、サプリにニューロフィードバック、はりに瞑想とさまざまな道具が必要だ。私は苦しんでいる。母が苦しんでいたように。

不安とうつの治療を何年も受けてようやく、私は母が病気だったことを理解した。私と同じような立場にある人々がどれくらいいるのだろう。神経伝達物質が増えたり減ったりするのに合わせてよくなったり悪くなったりを繰り返す病気と格闘している母と娘、父と息子は? 母の重荷を背負わされ、自分自身の重荷も背負う羽目になった私の経験は、不可抗力と言うべきなのかそれとも例外的なものなのだろうか。

73歳にして初めて精神科を訪れた母

時々私は高校を訪ねては、精神病の体験を生徒たちに語る。私が生徒だった1980年代に聞きたかったような話だ。16~17歳の生徒たちを見回し、この部屋の中の子どもたちの中に、昔の私のような生活を送っている人がいるのだろうかと考える。子どもたちには、聞きたいことがあったら何でも聞くように、と話している。私は生き字引だからだ。そして私は種をまく。誰かに話しなさい。あなたは1人じゃないと訴えるのだ。遅きに失した人もいるかもしれない。涙が出そうになるのを必死に抑えていた人々だ。そうでないことを祈るけれど。

2009年、母のパラノイアは悪化し、飢え死にの一歩手前までいった。出掛けたら最後、アパートに泥棒が入るに違いないと思い込んで、買い物にも行けなくなったのだ。体調の悪化を受けて母はようやく精神科の診断を受けることになり、向精神薬の投与が始まった。73歳にして初めて、精神病の治療を受けることになったのだ。母は3カ月間入院して症状は改善したが、今度は認知症を患っていることが明らかになった。

老人ホームに移った母を私は見舞うようになった。今も面会は続けている。17年にわたって疎遠だった私たちの関係はこれにより変わったが、やり直すには遅すぎた。母は私のことを覚えていなかった。

筆者のLaura Zeraは作家。回顧録『Jump: A Memoir About Skating and Survival』が近日発売予定のほか、南アフリカを舞台にした小説を執筆中。

(執筆:Laura Zera、翻訳:村井裕美)
© 2018 New York Times News Service

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