《戦略講座》Honda Jetを「トラフィック・ライト」で解説する

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■赤信号を青信号に変えてみせたホンダの信念

 ここでは検討の時点をホンダが航空機の研究開発に参入した1986年と、HondaJet発表の直前となる2005年の二点に置いてみたい。

1986年時点での分析
この時点では、「HondaJet」という商品のコンセプトはできていない。また、ホンダは航空機メーカーとして、業界情報は乏しく、有能な人材プールもない、学習コストも高いと判断して、(1)価値優位性は赤。(2)プロフィット・プールは、航空機メーカーの多くが開発費をまかなえず、再編統合を迎えていた時期で、まだ、VLJ市場は見えないし、小型ジェットについても未知数だったため、赤と判断。(3)リーダーシップは、バイクや自動車などにおけるホンダの企業としての実績を勘案して黄。(4)既存事業は、エンジンや車体など共通しているとも言えるが、航空機のほう遥かに高い安全性と精度、また長期の耐久性を要求されていることから、赤と判断。従って、この新規事業プロジェクトは「やらないほうがいい」となる。

 ところが、同じ事業を2005年時点の視座から眺めると異なる様相を呈してくる。先にも触れたとおり、1990年代には小型ジェット機市場への新規参入が相次ぎ、一定の成功を収める企業も出てきた。また、エクリプス・アビエーションが1998年に異業種から参入して、VLJという新しいカテゴリーを創出。同社らが立てた実績により、技術革新が促進されて、合金や炭素繊維といった新素材の実用化や、部材の低コスト化が進んだ。また、コンピュータを活用した設計シミュレーション技術なども、新規参入者の開発コストや期間低減に寄与したことは想像に難くない。これらを考え併せると……

2005年時点での分析
(1)価値優位性は、GEとの合弁会社設立で、より実効性の高いエンジン開発が可能となったこと。既存の航空業界の常識を打ち破る発想で、翼の上にエンジンを積載するなど機体設計を行い、それが結果として美しく、機内スペースを広く取れるなどの成果につながったことなどから、青に転じたものと判断。(2)プロフィット・プールは、エクリプスを含む幾つかの企業がVLJの開発を積極的に行っている(商品ライフサイクルで言うと「導入期」に相当する)事実と、ブランド力や品質などの付加価値によって一定の価額での購買が行われる有望な市場と判断し、青。(3)リーダーシップは、航空機市場における新カテゴリーのVLJに特化し、研究開発から商用化まで多くのステップを確実にこなしながら実績を上げてきたこと、親会社の強いスポンサーシップが期待できることなどから、黄。(4)既存事業は、基本的なエンジン技術や構造体、素材でのシナジーは検討できるが、それほど大きくはないと判断し、黄。結果として、この新規事業プロジェクトは「進めるべき」となる。

 トラフィック・ライトで時系列の検討をすると、研究開発初期には新規事業としては成功の確率の低いプロジェクトと判断されたものが、長期間をかけて優位性を構築し、適切な市場を発見したことで、成功確率の高いプロジェクトへと転じてきた過程が、立体感を持って見て取れる。航空機事業と自動車事業・バイク事業とのシナジーも大きく捉えれば、充分に得ていかれるだろうし、VLJを経て、小型ジェット機や大型ジェット機、ジェットエンジン事業への可能性も広がる。その先には、民間ロケット・宇宙船事業も見えてくるかもしれない。

 一般的な新規事業評価をすると「赤信号」となるものに腰を据えて取り組み、結果としてこうした可能性を拓いてみせたのは、言葉にすると陳腐だが、ホンダの「信念」に他ならないと、筆者は考える。同社が今後の本格的な研究開発競争や商品開発競争、販売マーケティング競争に勝ち残り、航空機事業を柱の事業にまで育て上げることに期待したい。


《プロフィール》
岡村勝弘(おかむら・かつひろ)
グロービスMBAにて「ベンチャー戦略」講師、大手技術系企業での自社課題講師、企業研修での戦略・マーケティング・MOT講師などを務める。ベンチャー企業の経営コンサルタント。
静岡県生まれ。京都大学農学部卒業。農林水産省、リクルートののち35歳で独立起業。Y&Kカンパニーズ代表取締役(ソフトウェア企画制作販売)、アクセス(iModeのブラウザ開発)、Amazon.com(日本進出)、Apax Globis Partners(ベンチャー・キャピタリスト)。現在、有限会社トレジャークエスト代表取締役。丸の内ビジネス人勉強会主催。
著書に『ロンおじさんの贈りもの-30日間ビジネス・レッスン』『ビジネス・バカを極めろ』。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2008年9月26日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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