日系ホテルの雄・帝国ホテルの130年続く流儀

受け継がれる渋沢栄一の「創業の精神」

帝国ホテルの初代本館。渋沢栄一らが中心となり「日本の迎賓館」として開業した(写真:帝国ホテル)

帝国ホテルといえば、誰もが知る日本を代表する“ブランド”だ。1890年、渋沢栄一らの手により「日本の迎賓館」として開業して以来、近代日本において民間外交の一翼を担い続けてきた。

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しかし、景気や為替、地政学リスクなど外的要因に左右されやすいホテル業界。その中で確固たる地位を築いた背景には、歴史の長さやブランド価値だけにとどまらない強さがあった。

明治維新を経て、それまで鎖国していた日本が開国し、多くの外国人がやってくるようになった明治時代。帝国ホテルは、そんな時代に誕生した。

ホテルはその国の民意や文明度を示すもの

当時、国を挙げて近代国家を目指す中で、外国からの賓客をもてなす西洋式グランドホテルがほとんどなかった。そこで、当時の外務大臣である井上馨の呼びかけに応じた渋沢栄一と大倉喜八郎らが中心となり、「日本の迎賓館」の役割を担い1890年11月3日に開業したのが帝国ホテルだった。

初代会長に就任した渋沢栄一は、開業式典で東京知事の祝辞に対して以下のように述べたという。

「用命があれば世界のどんなものでも調達して便宜を図る。それこそが果たすべき役割と心得、絶対に譲らないところだ。知事閣下が“ホテルはその国の民意や文明度を示すもの”とおっしゃられたことについては、現在は力不足でも、近い将来必ず恥ずかしくないレベルを約束する」

渋沢は、1909年に会長職を退くが、その後も帝国ホテルを訪れては、当時の従業員に向けて話をした。

「いろいろの風俗習慣の、いろいろの国のお客を送迎することは、大変に御苦労なことである。しかし、君たちが丁寧に尽くしてくれれば、世界中から集まり、世界の隅々に帰っていく人たちに、日本を忘れずに帰らせ、一生日本を懐かしく思い出させることのできる、国家のためにも非常に大切な仕事である。精進してやってくださいよ」

こうしてその歴史を時代に刻みはじめた帝国ホテル。開業以来、日本を代表する「国の顔」としての役割を担ってきたが、その120年を超える歴史の中では、さまざまな節目があった。

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