33歳の妻を離婚に追いやった夫と義父の暴挙 女性蔑視の家庭で育った男はDVにも走った

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麻美さんは、そんな日々を何とかやり過ごしながら、自立して生活するための準備を着々と進めていた。離婚したら、何よりも先立つものが必要になる。そのため、親戚名義で隠し口座を作り、そこに自分の給料のほとんどを貯めていった。隠し口座の貯金が200万円を超えた頃、麻美さんはようやく、和也に離婚を切り出した。

「お宅の息子さん、返却します」

「無条件でいいから、別れてほしい」

そう切り出されたとき、和也は信じられないという顔をしたという。たじろいだ表情で、「これからの生活はどうするのか」と言う和也に、「子育ては、お母さんも協力してくれるし、私は正社員で働いているから、大丈夫」と説得した。

最初は拒否されたが、1年以上話し合い、和也が根負けする形で成立。義父に電話口で離婚を告げると予想どおり、電話口で激怒し始めた。それでも最後に、麻美さんは言いたいことがあった。

「『こんなことになってすみません。でもお宅の息子さん、返却します』って言ってやったんです。最後の最後にお義父さんのプライドを傷つけることを言いたかった。この瞬間を夢にまで見ていたんですよ」

それ以降、義父とは会っていない。

麻美さんは、新たな住まいを見つけ、実母と小学生の娘と3人で生活している。元夫に複雑な思いはあるが、父子の面会交流は自由にさせている。離婚してから、「大魔王」である義父との接触もなくなり、和也とも物理的に離れ、ようやく精神的にも平穏な生活を取り戻した。

現在、麻美さんは、仕事と家庭を両立させる目まぐるしくも充実した日々を送っている。仕事は多忙を極めるため、シングルマザーとしての生活は、実母の助けがなくては成立しないのが現実だ。それでもどんなに忙しくても、娘のために、食事だけは毎日麻美さんが作るようにしている。娘も懸命に働く母の姿を見て育ったせいか、最近はすっかり自立心が芽生えてきて、土日も勉強に課外活動にと忙しそうだ。

「離婚するまでは、『夫に就職した』と思うようにしていました。どんなに理不尽なことがあっても、経済的に依存しているから、耐えるしかなかったんです。そういう意味で、結婚生活は私にとってはめちゃくちゃつらかった。

今でも元夫は『自分が悪い』とまったく思ってないはずです。元夫にとっては、ただ言うことを聞くお人形さんが欲しいだけだったんですよね。それって義理の両親の家庭にそっくりだなと思いました。でも、男の三歩後ろをついていくような結婚生活は、私にはどうしても無理だったんです」

現在の仕事は、成果主義で男女の性差はまったくない。管理職はつねに責任が伴うということもあり、ときには仕事でつらいこともある。しかし、それでも「夫に就職」していたときとは比べ物にならないと、麻美さんは笑う。何よりも仕事ぶりが評価され、セクションの陣頭指揮を執る管理職まで上り詰めた麻美さんにとって、仕事は単に収入以外の意味を持ち、生きがいとなっている。

麻美さんは、すべてを話し終わると、「まだ少し仕事が残っているから」と言って、すっかり暗くなった夜の銀座に消えていった。その足取りは軽く、後ろ姿は誰よりもたくましく見えた。

菅野 久美子 ノンフィクション作家

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かんの・くみこ / Kumiko Kanno

1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。単著に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国』(双葉社)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(KADOKAWA)など。

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