41歳「電子機器」に強烈な情熱を注ぐ男の稼業 大きくした会社を去ってモノづくりに戻った

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他意のない会食だったが、九鬼さんがこれまでの遍歴を話すと、社長はうれしそうにスマホを取り出して自社アプリについて語り始めた。パソコンなしで音楽CDの楽曲をスマホに取り込めるアプリで、画面に歌詞を走らせてカラオケモードでも動作するという。そして、「これと一緒に使えるマイクを作りたいんだ」と。

「そこで、中国をプラプラしているときにBluetoothマイクがたくさんあったなと思い出したんですよ。『社長、中国にはもうあって、たぶん3カ月くらいあれば日本向けに作れますよ』と話したら、『なら君の会社名でウチの取り扱いでやろうや』と提案されまして」

すでにそれなりのモノがあるなら、イチから自社開発するのは効率が悪い。かといって、中国の企業とやり取りして自社製品として売り出すとなると煩雑な社内調整が必要になる。それなら、九鬼さんの会社がマイクのメーカーとして立ち、その製品をアイ・オー・データ機器が販売するというかたちにするのがいいのではないか。社長の口から具体的な提案がどんどん出てきて、九鬼さんの心にも火が灯った。

ゴッパでは「“挑戦者”再びというつもりでやっています」という(筆者撮影)

本腰を上げて中国に出向くと、事は意外と簡単ではないことを知る。ちまたで出回っているBluetoothマイクは、ボディの金型から模造品のものが多く、中身の電子部品も粗悪なものが多かった。どうも中国ではすでに枯れた商品という扱いになっていて、採算が取れないため大手は扱わず、安価な粗悪品ばかりが出回っている状況だったようだ。

「それでボディのオリジナル金型を探すところから始めました。あと、剥げない塗装ができる工場も同時に調べていきましたね。基板は……これは自分で設計するしかないかなと。あとはバッテリーも事故が怖いから日本から逆輸入して組み立てることにして、とにかく全部を分解して洗っていった感じです」

3カ月で商品化するという目算は大きく外れて7カ月かかったが、2017年8月にはゴッパ第1弾製品「Bluetooth カラオケマイク」が完成。社内人事の関係で社長は会長に上がっていたが、予定どおりにアイ・オー・データ機器で取り扱ってくれた。反響は上々。それからは、冒頭で触れたようにゴッパのラインアップが同社のオンラインショップに順調に増えていっている。

開発したいものがいっぱいある

かくして、毎週大須の電気街に自転車で通った電子工作少年は、さまざまな出会いと経験を経て、独立遊軍で企画開発から製造までできる一人メーカーとなった。マグロ人間の生活リズムはとうの昔に取り戻し、今日も新しい製品の企画と設計に余念がない。モチベーションが枯れることもない。

Bluetoothマイク第二弾の基板。「ステレオで音質がはっきり表に出るので、高級オーディオに載せるようなICチップを積みました」と力説(筆者撮影)

「まだまだ現実が追いついていませんが、開発したいものがいっぱいあるんですよね。60代や70代になっても技術を磨いて最前線で開発していたいです」

夢は、どの家庭にもゴッパの製品がひとつはある。そんなビジネスを作ることだという。

古田 雄介 フリーランスライター

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ふるた ゆうすけ / Yusuke Furuta

1977年生まれ。元葬儀業のライターで、キャリアは15年。デジタル遺品や死後のインターネットコンテンツの行方などを追っている。著書に『故人サイト』(社会評論社)、『中の人』(KADOKAWA)など。

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