41歳「電子機器」に強烈な情熱を注ぐ男の稼業 大きくした会社を去ってモノづくりに戻った

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成功している会社を後にするのは勇気が必要だった。レイ・アウト時代の9年の間に結婚もし、娘も生まれている。しかし、辞めるからには新しいことをしたい。成否を度外視してもやりたいのは電子機器だが、すでにPCパーツ系は業界全体で以前のような勢いはない。ならば、これから伸びる業界に電子機器を持ち込むのはどうか――。

目を付けたのはペット業界だ。仲間と2人でナチュラルスローというベンチャーを立ち上げて、まずはペット小屋を売り出した。やがてはIoT(モノのインターネット)的な機器やサービスに絡める算段だった。

しかし、ここで九鬼さんの心が折れてしまう。

「ペット業界のことは何もわからなくて、何がよくて何が悪いのか。そういう基本的な判断の土台すらできていないと気づいたんです。相当勉強して、今回も出資してやれることは何でもやったんですけど、つかめた感覚がどうにも得られず……。無理なものは無理なんだと痛感しました」

仲間に会社を託し、数カ月で会社を離れることになる。

この挫折は、“マグロ人間”たる九鬼さんにとって初めての長期的な暇をもたらした。目の前には仕事は何もない。次に何がやりたいかわからない。

「暇ができてしまうとたぶん怠ける方向に行ってしまうんですよね。するといろいろとよくない思考に陥りそうで」

このとき初めて将来への不安が襲ってきたという。アイ・オー・データ機器やハンファ・ジャパンを辞めたときも、レイ・アウトで経営の視点が掴めなかった時期も感じなかった感触だった。

2016年8月、世間体を考えてとりあえずゴッパ合同会社という会社を立ち上げた。しかし、中身は空っぽで実質無職であることに変わりはない。当面の生活はレイ・アウト時代の蓄財があるので問題なかったが、わが身の所在なさを解消する手立てが見つからないのが苦しかった。いくつかの企業から役員待遇での誘いはあったが、ゼロから立ち上げて成功させるベンチャーの醍醐味を知ってしまった身としては食指がどうにも動かない。

どうせ答えが出ないならもうなるようになれ!

「もうさんざん悩んで、でも答えが出なくて。途中からどうせ答えが出ないならもうなるようになれ! ジタバタしても仕方ない!と開き直っちゃいました(笑)。日本だけじゃなく、台北や中国の深圳とか、あっちの電気街をあてどなくプラプラ回ったりしていましたね」

九鬼さんが、仕事をしていていちばん楽しいのは人と話しているときだという。同僚や顧客、メディア、工場のスタッフや銀行員など、さまざまな場面で出会う人たちとやり取りするのが楽しかった。それは友人とFMラジオを見せ合って喜んでいた中学時代や、パソコン通信のオフ会に入り浸った高校時代から変わらない。モノづくりへの情熱とはまた違った、九鬼さんのモチベーションに欠かせない重要な要素だ。だから、電気街で旧交を温める旅はとてもいい刺激になった。

やはり電子機器をもう一度作りたい。漠然とそう考えるようになった九鬼さんの進路を決定づけたのは、なんと古巣、アイ・オー・データ機器の社長だった。年を越した2017年1月、突然連絡が届く。

「『OB会に来ないか?』と。会社を辞めてから約12年間、一度も連絡をとっていなかったんですが、ずっと気にかけてくれていたみたいで。本当にうれしかったですね」

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