41歳「電子機器」に強烈な情熱を注ぐ男の稼業

大きくした会社を去ってモノづくりに戻った

「私はマグロ人間といいますか、つねに忙しくしていたいんです。暇ができてしまうとたぶん怠ける方向に行ってしまうんですよね。するといろいろとよくない思考に陥りそうで。つねに動いているほうが心の健康にいいタイプじゃないかと思っています」

熱心な店頭スタッフ時代の働きは思わぬところで功を奏する。就職活動を始める大学3年時の冬、世間は未曾有の就職氷河期のただ中にあったが、アイ・オー・データ機器の採用試験を受けてみると、最終面談で社長から「君が九鬼くんか」と声をかけられた。

「バイト時代に『この製品はここがダメ』とか、『こういう機能があったほうがいい』とかいろいろな意見をよく本社に送っていたんですよ。それで名前がちょっと珍しいから覚えていただいていたみたいで」

コネ的なものはいっさい期待していなかったが、最後にアドバンテージが効いた格好だ。4月初旬の内定取得は学校でいちばん早かった。

給料のほとんどはパソコンパーツや周辺機器に

2000年4月、アイ・オー・データ機器に入社。カスタマーサポートとしての金沢本社採用だったが、勤務地は東京・秋葉原にあるショールームだった。日本一の電気街での社会人生活は、九鬼さんにとって「もう、この世の天国」。昼休みは食事の時間も惜しんで街を回り、新しいハードウエアをチェックしてばかりいたという。本社採用なので家賃の多くを会社が持ってくれたが、給料のほとんどはパソコンパーツや周辺機器に変わっていった。

転機は3年目、広報部所属になった頃だ。社長が秋葉原に視察に来た際、「九鬼くんはおとなしくなったね」と言われてしまった。

「バイト時代のほうがいろいろ意見言ってくれたのに、と。『ならあの体でやっていいんですね?』と火がつきました(笑)」

自分ならアレとコレを組み合わせて、面白いものを作るのに――九鬼さんのモチベーションが枯れることはない(筆者撮影)

アイデアはあった。開発部署を歩くと、製品化の前にお蔵入りになった膨大な数の没作品が転がっている。ICチップまで開発したのに、時代のニーズが合わずに見送られたものも少なくない。もったいない。自分ならアレとコレを組み合わせて、面白いものを作るのに――。そのかみ殺していた思いをカタチに変えられる絶好の機会がやってきた。

そうして立ち上げたのが、現在の同社で継続している「挑戦者」ブランドだ。市場調査はいっさいしない。社に眠っている没作品を使って、自分が欲しいアイテムを作り上げるというのがコンセプトだ。自然、秋葉原のマニアに受けるような尖った製品ばかりになる。

外付けHDDからHDDを取り出して作った外付けHDDケースを皮切りに、パソコンの電源を入れたままHDDが抜き差しできる装置、PC-9800シリーズにPCI拡張カードを追加するIDEボードなど、同社のカラーとは異なる製品を企画しては形にし、ニッチなヒットを連発させた。本職の余力の範囲での活動ということもあり、社内の評価はいっさい上がらない。それでもよかった。自分の好きなアイテムを企画して、コアな人たちに喜んでもらえるのが何よりうれしかった。

そんな楽しいアイ・オー・データ機器時代だったが、2005年5月に退職する。この決断は学生時代にざっくりと描いていた人生プランに従った既定路線といえた。

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