人材投入だけでは「知財戦略」は変えられない 「特許出願のプロ」だけでは戦えない時代

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しかし、知的財産を専門領域とする人材の転職を支援する筆者としては、「知的財産戦略」という言葉が一人歩きし、実態はこれまでとあまり変化していないように感じている。

東京都千代田区の新丸ビル(写真)に本社を置く旭硝子。1907年創立で、ガラス・電子・化学品・セラミックスの4つの事業領域を柱に、30超の国と地域でグローバルに事業を展開する。通称社名はAGC旭硝子で、7月から「AGC」に社名変更予定 (撮影:尾形文繁)

その理由は経営陣をはじめとする理解不足にある。知財を有効活用することが事業にどうメリットがあるのか、まず経営陣らが認識し評価していく必要がある。認識を改めて行動を変えていかなければ、大々的に知的財産の組織を立ち上げたとしても、血が通わないものになってしまう。

そもそも知的財産の世界では、知的財産だけでなく、事業の在り方、技術力を考慮した、三位一体経営が重要だといわれている。しかし、多くの企業はその重要性を認識してはいるものの、具現化している企業は少ない。企業のセクショナリズムが依然として残っているため、「技術力は高い」、「営業力はある」、「特許を〇件取得した」といった会話が、別々に繰り広げられている会社が少なくない。

では、どうすれば、有効に機能するのか? 今回、AGC旭硝子で知財戦略の策定を指揮した神庭基・知的財産部長の話を基に、成功に導く知財戦略の策定方法、そして知財人材の生かし方について探っていきたい。

ゴールは「特許取得」でなく「事業への貢献」

「意識変革が必要だ」。

2016年1月、知的財産部長に就任した神庭氏は、知財部の働き方を目の当たりにし、そんな課題意識を持った。AGC旭硝子は知財に熱心な会社と知られ、経済産業省と特許庁が表彰する「知財功労賞」にも選ばれている。しかし、その頃はまだ知財戦略をコントロールする主体は事業部側にあり、知財部は支援が中心だった。知財部のメンバーの中には、「これを出願してほしい」という事業部からの要請に応じ、「特許を取得する」という任務を果たすことに使命感を抱いていた者もいた。

それは無理もない。そもそも知財部にとって特許出願は重要な業務だ。歴史的に見ても日本は特許出願を重視してきた。

神庭氏は「時代の流れに応じて戦い方を変えていかなければ生き残れない」と痛感していた。特許をどう活用するかもその一つで、そのために事業部・研究開発・知財を三位一体で取り組む重要性も理解していた。しかし、どのような形でそれを実現していけばいいか、そのときはまだ踏み込めていなかった。

「知財部がその専門性を活かし、本当に果たすべき役割は、最終的に事業に貢献すること。事業をどういう方向に拡大していくのか、狙うべき市場はどこか、どのタイミングでどう特許を使うのかを、考えていくべき」と、神庭氏は問題意識を明確にした。そもそもAGC旭硝子には高い技術力がある。知財部がそれをうまく活用していけば、もっと収益力を高められると考えた。

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