「人事発令が出たときは、『研究開発をしている私がなぜ?』と思った。ただ、帰国する時には、『帰りたくない』という気持ちに変わっていた。全く売れていなかった製品が徐々に顧客へ広がる一連のプロセスは楽しくてしょうがなかった」と、米国時代を振り返る。その5年間が事業に貢献しているという実感が芽ばえる契機になったのだ。
帰国後、新規事業を任された。「ピクトリコ」(インクジェット用OHPフィルム)という、同社として初めてAGCブランド名の最終製品をローンチ(新発売)するプロジェクトだった。
ビックカメラやネットでの販売を行うなど、同社として初となる取り組みを次々と実施したが、赤字が続き、撤退を余儀なくされた。神庭氏が「事業に貢献する」ことへのコミットメントが強い背景には、新たな価値を生み出す喜びと断念する悔しさ、その双方を経験していることがあるように思われる。
神庭氏はさまざまな部署を経験したが、「事業に貢献すること」を一貫して組織にメッセージし、既存のやり方に捉われず、改革を実行し続けた。知的財産部においても神庭氏に求められたのは、「事業に貢献するための組織づくり」であることが推察される。本気で知財戦略を強化させたいという、AGC旭硝子の経営陣の意欲も垣間見える。
神庭氏は知的財産部門の人材のキャリアパスについてこう語った。
「知的財産部門の部門長にとどまらず、経営に携わってほしい。そのためにも、知的財産という一機能の枠組みにとらわれず、研究開発、事業部門まで知見を広げて、事業にいかに貢献するのかということを考え抜いてほしい」。
知財の専門家が経営メンバーに入るべき
一般的に、法務・知財職に就いている人材の評価は、その非常に高い専門性にあると思われがちである。しかし、今まで100人を超える法務・知財職の方の転職支援を行ってきた経験から言うと、転職市場において評価されるのは必ずしも専門知識だけではない。むしろ、近年求められている人材は、事業・開発活動の「水先案内人」で、社会の変化に応じて知財が果たす役割を再定義できる人材だ。
企業が積極的に法務・知財職の採用を行っている背景には、新規事業の創出という背景がある。だからこそ、リスク回避を指示するだけでなく、自社の競争優位性を維持・拡張することのできる新しいアイデアは何かを、漏らさず拾い上げる。適切な時期・領域・コストで法的参入障壁をつくることだけでなく、商品企画や事業開始「前」の段階に入り混み、自社の進むべき道を指し示すことが求められている。
将来的に知財・法務をバックグラウンドとしてキャリアを開発したい人は、知財部門で一貫してキャリアを積むのではなく、他部門も経験するといいかもしれない。そして、私は知財のバックグラウンドを有する人材が経営ボードに必要だ、と考えている。
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