日朝会談、安倍首相も付け込まれる懸念あり 笑顔の「米朝会談」は北朝鮮が優勢だった

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一方、日本側の最大の関心事である拉致問題は、安倍首相の顔を立てる形でトランプ大統領が首脳会談で言及した。会談後の記者団の質問にトランプ大統領は、「間違いなく、拉致問題を議題にした。安倍晋三首相にとっては重要な問題だ。共同声明には盛り込んでいないが、うまくいくだろう」と得意げに語った。

首相もこのやり取りを受けて首相官邸で記者団に対し「詳細は申しあげられないが、トランプ氏に伝えた私の考え方は、トランプ氏から金氏に明確に伝えていただいた」と謝意を表明。そのうえで「この問題はトランプ氏の強力な支援をいただきながら、日本が北朝鮮と直接向き合い、解決していかなければならないと決意している」と日朝首脳会談開催への強い意欲を表明した。

政府筋によると、金委員長は拉致問題に関するトランプ氏の話を「よく聞いていた」とされる。これまで北朝鮮は、拉致問題を「解決済み」としてきたが、13日に首相と会談した萩生田光一自民党幹事長代行は、記者団に対し、米側から伝えられた話として「首脳会談でトランプ大統領が拉致問題を提起した際、金委員長は『解決済み』とは言及しなかった」と語った。

これが事実なら「首相にとって朗報」(政府筋)だ。首相は14日に拉致被害者の家族と面会し、拉致問題解決への決意を直接伝える考えで、家族側も「最後で最大のチャンス」と日朝首脳会談開催への期待を膨らませている。菅義偉官房長官も13日の記者会見で拉致問題について「問題解決につながる形で首脳会談が実現できればいい」と語った。

「拉致問題」に総裁3選の政局を絡めることの危険

政府部内ではかねてから、米朝首脳会談の成功を前提に、首相の早期訪朝を模索してきた経緯がある。首相は9月中旬にロシア・ウラジオストクで開催される東方経済フォーラムへの出席を予定しているが、主催者のプーチン・ロシア大統領が同フォーラムに金委員長も招待していることから、政府は同地での日朝首脳会談の開催も検討する構えとされる。自民党総裁選の直前となるだけに、首相サイドには「もし会談が実現して、拉致問題で一定の成果が得られれば総裁3選への強い追い風になる」(側近)との期待も広がる。

ただ、首相が日朝首脳会談への意欲を示す中、首脳会談を大々的に報道した朝鮮中央通信も「拉致問題」についてはまったく触れなかった。政府は日朝首脳会談の前提として「拉致・核・ミサイルの包括的解決」を主張しており、「日本側が一定の軌道修正をしないと、日朝会談開催の道筋がつかない」(政府筋)という見方もある。

そもそも、2002年の小泉純一郎首相(当時)の訪朝による日朝首脳会談で拉致被害者の帰国が実現した際、当時官房副長官だった首相は一貫して「対北強硬論」を主張した過去がある。このため、拉致被害者家族の間にも「安倍政権では北の反発が強く拉致問題は解決しないのでは」との不安もくすぶっていた。

しかも、日朝交渉に首相の総裁3選という政局が絡めば、中間選挙を意識したトランプ大統領と同様に「北朝鮮から足元を見られる」(自民長老)可能性は否定できない。このため、「任期中の拉致問題解決」を公言してきた首相にとって、当面の対北朝鮮外交が「安倍外交最大の正念場」(自民長老)となることは間違いない。

泉 宏 政治ジャーナリスト

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いずみ ひろし / Hiroshi Izumi

1947年生まれ。時事通信社政治部記者として田中角栄首相の総理番で取材活動を始めて以来40年以上、永田町・霞が関で政治を見続けている。時事通信社政治部長、同社取締役編集担当を経て2009年から現職。幼少時から都心部に住み、半世紀以上も国会周辺を徘徊してきた。「生涯一記者」がモットー。

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