「ごぼう蕎麦」を作る美女の忘れられない記憶 「ご飯を作って」と呟く女子高生の数年後

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“お母さん、ご飯作ってくれないの?”

あるとき思い切って尋ねてみると、Yはあまり詳しいことは語ろうとせず、ただいろいろあって母親との折り合いが悪いので食事は自分で作っている、と話した。

ギョッとするほど大人びた美人がふとのぞかせる影

私たちがついにパソコンを介さず、実際に顔を合わせたのは、最初にネットで出会ってから、実に5年後のことだった。

私はその頃、結婚して一児の母となっていた。当時の配偶者の仕事の都合で、地元福岡から東京に移り住むことになり、新居を探すために一時的に東京に出てきていた。Yもまた地元の岐阜から大学進学にあたり東京に越してきており、私と子どもの泊まっていたホテルを訪ねてきてくれたのだ。

インターネットにのった文字はさまざまな情報を届けてくれるけれど、それでもやっぱり、生身の体を前に得る情報量にはとてもじゃないけどおよばないものだと、そのとき私はつくづく思わされたのだった。

初めて見るYは、ギョッとするほど大人びた美人だった。

ささやくような声で喋り、少し動くと腰のあたりまである長い黒髪が、顔にさらりとかかる。不思議なことに、笑っていても、真顔でいても、いつも妙な影を感じさせる。他人のことを一方的にあれこれ邪推するのは決して褒められたことではないけれど、彼女の一挙一動に落ちる不穏な影に気付くたび、私はどうしてもあの日記の最後の一言「おかあさん、ごはんをつくってください」を思い出さずにはいられないのだった。

その日以来、私とYは折を見てはお茶をしたり、食事をしたり、遊びに出かけたりするようになった。東京での暮らしが長くなるにつれ、Yのまわりをうっすらと包んでいる妙な闇も、少しずつ晴れていくような気がした。

あるとき私たちの共通の友人が、Yの正式な恋人となった。共通の友人は博識で、ユーモアがあって、それでいて思慮深い好青年だ。このときを境にYは、一気に元気に、明るくなった。彼とならば、Yはきっと幸せになれるだろうと思った。

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