百歩譲って、金正恩氏のシンガポール会談へのネガティブ発言は、ミュラー氏の動きに呼応したものではなかったとしても、つまり、無関係な2つの動きが、偶然、関連しているかのように見える場合、ウォール街では、「ワルツを踊る」と表現する。
ミュラー氏の動きに、さながら歩調を合わせるかのように「ワルツを踊って」見せた金正恩氏にとって、その「アメリカ通」の部分が、思いもよらない形で自らの危機を招いたといっても過言ではない。
「段階的な核削減」は「核の横流し」につながる?
世界の法系を、英米法系と大陸法系に二分すれば、北朝鮮の法制は大陸法系に属するといえる。金正恩氏にとって、ミュラー氏の動きを合点するまでに時間がかかったのは、アメリカ法が「行為パターン」という概念を、大陸法より注視するからだ。ミュラー氏の立場が、米国外から見える以上に、国内で窮地に立っている背景をなす事情とは、トランプ大統領に対するミュラー氏の「偏見(バイアス)」の行動パターンが、強過ぎ、多過ぎることだ。
金正恩氏が気づくべきだったのは、金氏自身の対米国の言動パターンだといえる。金正恩氏は「パターン」として、米国を言葉と行動の両方で脅し過ぎた。米国では、北朝鮮による「核の横流し」という可能性も、以前よりも深刻にとらえられ始めている。
最新メディアによると、金正恩氏は2度目の南北会談で「完全非核化」の意思を、韓国の文在寅大統領に再度明言したという。金正恩氏は、今や、「段階的な核削減」でなく、「完全非核化」の会談をシンガポールでトランプ氏と行うべき段階にあることを示唆しているのだ。
また、トランプ氏が金正恩氏への公開書簡で名言したように、金正恩氏は拉致被害者全員の完全解放を実行すべきであり、その実行が問われている。金正恩氏が生まれるずっと前に、13歳の少女として拉致された横田めぐみさんをはじめとして、これまでの拉致被害のすべては、「朝鮮半島の戦争状態が今も法的に続いているか否か」という論点とはまったく関係なく、絶対に許されない行為だからである。
今回の会談が、いい方向に進み、メディアが言うように、ノーベル平和賞云々の話が出るうえでも、拉致被害者全員の解放は、実務的に強烈なプラス材料となる。そうならずに拉致を続けることになれば、イランと北朝鮮は「拉致テロ」という残酷な絆で結びつき、両国間で核やロケット技術の「横流し」があるというのが当然の論理となりかねない。
イランと決別し、早期の「完全非核化」にまい進することこそが、金正恩氏自身にとって、リビアのカダフィ大佐の二の舞を避け、金体制とともに生き残る唯一の道である。
ともかく、5月16日の金正恩氏側のシンガポール会談へのネガティブ発言で、米朝の空気は、一瞬のうちに、絶対零度のように凍り付いた。今後、金正恩氏が「段階的な核削減」という考え方に固執するのであれば、「核の横流し」の温床をつくりかねない危険な発想という見方が、トランプ政権内で高まることは間違いない。
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