大阪新名物「みるく饅頭月化粧」躍進の舞台裏 1年に1000万個以上も売れるヒット商品に

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青木社長に会社の来歴を聞きました。

青木社長と被り物(筆者撮影)

「祖父が初代社長です。さらにさかのぼると、曽祖父が和菓子屋をしていました。そこから独立して祖父と父が始めたのが、今の青木松風庵です(1984年創業)。最初は、街のお菓子屋さんという感じだったそうです。そこから2年目に、口コミで美味しさが伝わりヒットしたのが『おしゃれいちご』(税込216円)でした」

まだ関西に「いちご大福」という名前が流布していなかった時代。大福の中にいちごが入っているのが珍しく、お客から「おしゃれなお菓子ですね」と言われたのが、名前の由来だとか。この商品のヒットで、会社の礎(いしずえ)が築かれました。

なお、いちご大福の発祥については大阪、東京、三重など諸説あります。青木社長は「発祥店かどうかにはこだわりません。それより、おいしいものを作ることが大事です」と言います。春はいちごですが、秋にはシャインマスカットを使った商品もあります。いずれも、甘みと酸味のバランス、フルーツ自体のおいしさ、新鮮さにこだわった果実入り大福です。

「おいしいものを食べなさい」

子ども時代の思い出を語ってくれました。

「子どもの頃、柏餅の時期はお店を手伝っていました。こどもの日は子どもが働く日、と言われていましたから(笑)。でも、“将来の夢は”という学校の課題に“お菓子屋さんになりたい”と書いていました。親から家業を継げと言われたことはなかったのですが、それでもお菓子屋を継ぎたいと、思わせるような、そんなお店を作ってくれていたんだと思います」

会社の礎を築く原動力になった「おしゃれいちご」(写真:青木松風庵)

先代社長の父親から言われて青木社長が今でもはっきり覚えているのが、「おいしいものを食べなさい」という言葉です。「おいしくないものは食べなくていい」とも言われたそうです。

マズイものを食べなければ、おいしいものとは区別がつかないのでは、というのは素人考えで、おいしいものだけ食べていればいい、という教えでした。

「いま思うと、きちんとした味覚を育てよう、という親心だったと思います」と青木社長。味覚の先達の父親は、今でも、毎年十数種類の新商品を生み出しています。

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