口うるさいフランス人が使う強烈な"皮肉"

こんな「悪のマクシム」が生きる武器になる

「心の欠点は、顔の欠点と同じである。歳を重ねてゆくほどにひどくなってゆく」(ラ・ロシュフーコー)

 

「老い」というのは最も予測不可能な事態です。それがやって来たときに、「そうか、ついに来たか。なんだ、思ってた通りじゃないか」といえる人はほとんどいません。たいていの場合、予想していたものとあまりに違っているので、その落差に愕然として言葉もなく立ちすくんでしまいます。

なぜなら、「老い」とは、持っているものを失うことだからです。

人はある時点を最後に、足し算の世界から引き算の世界に入っていきます。しかし、足し算の世界に慣れてしまった者は、引き算の世界になじむことができません。ゆえに老いに激しく抵抗しようとする。しかし、ほとんどの場合、その抵抗そのものが余計に悲劇を大きくするのです。若づくりというのがみっともない所以です。これと同じ原理を述べたのが、次のマクシムです。

「切れ者らしく見せようとする色気が邪魔して切れ者になれないことがよくある」(ラ・ロシュフーコー)

 

「切れ者である」というプラスの価値のあることを外見だけで真似ようとすると、かえって作為的な振る舞いが生じて「切れ者に見えない」というマイナス価値に転じてしまいます。要するに、自分にない美徳は無理してあるように見せないほうがいい、ということです。

人生に絶望しそうになった自分に贈るマクシム

「あぁ苦しい、あぁ不幸だ」……もしもこんな言葉が、あなたの心をよぎったら、次のマクシムを思い出してください。

「人間はすべて幸福になろうとしている。(中略)首を吊ろうとする人もまた例外ではない」(ブレーズ・パスカル)

 

「こんなに苦しいなら、こんなに不幸なら、いっそ死んでしまおう」
生きていれば、この苦しみから自殺を考える瞬間が訪れることがあるかもしれません。人はなぜ自殺を選ぶのでしょうか。苦しみから逃れるために、選ぶのでしょうか。

いえ、じつは厳密に言うと、自殺をしようとする人は、苦しいから、不幸であるから自殺するのではなく、苦しさや不幸から逃れれば幸福になれるだろうと自殺を選ぶのです。

悲しいかな、これは目の前のカツ丼の選択と同じ原理なのです。
Aさんは食べたときの幸福感を思ってカツ丼を食べるし、Bさんは食べたあとのコレステロールを心配して健康のためにカツ丼を食べない。生きるも死ぬもカツ丼も同じ。人はみな、幸福になろうとしているに過ぎないのです。

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