「アイドルの作られ方」が激変した根本理由 平成アイドル史、この30年で何があったのか

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平成における生身のアイドルは、ドキュメンタリー性のなかで波乱万丈の物語を生きるようになった。そのおかげでファンは常にドキドキ感を味わえるが、一方で不測の事態に備え、いつも不安な気持ちでいなければならない。

そこで安心感を与えてくれるのが、アニメのキャラクターや声優ということになる。またアニメなどを原作とする2.5次元の舞台の近年の人気にも同じ側面があるだろう。こうしたアイドルは、フィクションのなかに生きた昭和アイドルのポジションを今の時代に受け継いでいるのである。

多様化するアイドル

だが平成の興味深いところは、もう一方でアイドルが多様化し、アイドルの輪郭が決定的にあいまいになった点にある。

例えばバラエティアイドル、通称「バラドル」がそうである。SMAPがバラエティの世界に身を投じることで活路を開いたことは知られているが、女性アイドル歌手にも似た状況があった。昭和の終わりから平成初期にかけて、松本明子、井森美幸、山瀬まみ、森口博子らがバラエティ番組で頭角を現し始める。

グラビアアイドル、通称「グラドル」が目立つようになったのもほぼ同じ頃である。90年代中盤に雛形あきこが人気を集め、その後優香、ほしのあき、小池栄子らが登場した。70年代のアグネス・ラムなどそれまでも若者に人気のグラビアタレントはいた。だが、平成のグラドルはグラビアだけでなくバラエティやドラマに進出した点で異なっていた。

こうしたアイドルが登場したのは、「アイドル=歌手」という定式が崩れたことの裏返しである。昭和においてアイドルと言えば歌手であった。しかし冒頭でも述べたように、主要歌番組の相次ぐ終了によってその基盤が崩れた。その代わりにSMAP、モーニング娘。、AKB48、ももいろクローバーZなどは、ドキュメンタリー性や物語性を存在の新たな基盤にすることでアイドル歌手であり続けた。

それに対し、バラドルやグラドルは、歌手の世界からは独立した存在である。楽曲というフィクションのなかで輝くアイドル歌手には、まだスター性が残っている。だがバラドルやグラドルには、それがない。したがって彼女たちは「アイドルらしくないアイドル」として自虐し、いじられる対象になることで生き延びる。

言い方を換えれば、「アイドル」は実体のない記号のようなものになる。アイドル自身がそのことを自覚し、「アイドル」という記号をうまく操作することによって、逆説的にアイドルであり続けられるのである。バラドルがぞんざいな扱いを受けて「アイドルなのに~」と言って笑いをとるのはその一例である。

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