「アイドルの作られ方」が激変した根本理由 平成アイドル史、この30年で何があったのか

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要するにモーニング娘。は、昭和アイドルと同じくテレビと密接な関係を保ちつつ、そこに平成アイドルならではのドキュメンタリー性を加味したアイドルグループと言えるだろう。

AKB48とファンが紡ぐ物語

2000年代後半にブレイクしたAKB48になると、ドキュメンタリー性はいっそう前面に出るようになる。そしてそれと並んで、物語性もまた劣らず重要なものになった。

端的な例は、毎年恒例の「AKB48選抜総選挙」である。シングル曲の選抜メンバーを決めるこのイベントは、誰が1位でセンターになるか、どんな新顔が入るかなど、さまざまな見どころがある。それは、グループとは別にメンバー各人が過去1年の活動を通じて紡いできた物語の集大成的意味合いを持つ。

その際、各メンバーによる順位決定時のスピーチが、クライマックスとなる。11年に1位になった前田敦子が発した「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」という言葉は、前田敦子というひとりのアイドルとAKB48というグループの物語が並行して存在していたことを図らずも教えてくれる。

そして忘れてはならないのは、投票するファンこそがその物語の鍵を握るという点である。この場合ファンは、AKB48と自分が応援するメンバーの物語の登場人物であり、物語そのものの行方を決める作者でもある。

ファンがそのようなポジションになった背景には、平成アイドルの活動スタイルが昭和とは根本的に変わったことがある。

よく知られるように、05年に結成されたAKB48は「会いに行けるアイドル」として秋葉原の専用劇場での定期公演を通じてファンを増やしていった。その点、かなりの活動の軸足がまだテレビに置かれていたSMAPやモーニング娘。とは異なっていた。

ただそれは、AKB48に限った話ではない。「テレビからライブへ」という流れのなかで、ライブアイドルやご当地アイドルと呼ばれるライブ中心のグループが続々と誕生した。Perfumeも元々は広島のご当地アイドルであった。そうしたグループの活動は、ライブ、握手会、物販などファンと直接交流する場を核にしている。初公演の観客が7人だったというAKB48においてもファンが直接参加する劇場公演が活動の基盤であり、総選挙はそうした日常的活動の蓄積のうえに成立しているのである。

そこには、ドキュメンタリー性と物語性が織り成すAKB48独特のダイナミズムがある。

ドキュメンタリー性と物語性のあいだには、一種の緊張関係がある。なぜなら、物語が本来“作り物”であるのに対し、ドキュメンタリーに作為が入り込んではならないからである。

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