「アイドルの作られ方」が激変した根本理由 平成アイドル史、この30年で何があったのか

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ただし、そうした緊張関係は必ずしもネガティブなものではない。むしろ両者のバランスを上手くとりながら物語を展開させれば、より魅力的な「リアリティショー」が生まれる。例えば指原莉乃は、かつて自らの恋愛スキャンダルが報じられた際、変に包み隠さない対応によって逆に支持を広げた。アクシデントをプラスに変え、従来にないアイドル像という物語要素をAKB48にもたらしたのである。

ももいろクローバーZにも似た面がある。路上ライブから始めた彼女たちは、「NHK紅白歌合戦」出場を目標に掲げた。しかし、そこにいたる途中にメンバーの脱退という予期せぬ事態が起こる。だが12年に念願の紅白出場を果たした際には、メジャーデビュー曲を脱退したメンバーが在籍した当時のバージョンで歌い、話題を呼んだ。アクシデントが感動を生むものへと転化したのである。

つまり、平成において「アイドル」とは生き方そのものになった。表現のフィールドは楽曲やドラマなどの作品だけでなく、時には私生活までを含む人生全般にまで広がったのである。

それは、ファンがアイドルに人生のパートナー的役割を求めるようになったことと表裏一体である。バブル景気の終焉から始まり、戦後の経済復興を支えた共同体や組織(家族、学校、企業)の破たんが見え始めた平成の社会において、個人は孤立しがちになる。平成アイドルは、そうした個人に寄り添い、ともに手を携えるパートナー的存在になったのである。

プロデューサー=物語作者の時代

アイドルのパートナー化は同時に、アイドルとはどうあるべきかを語るアイドル論を活発にする。「芸能」を語ることは誰にでもできるわけではないが、「人生」を語ることは等しく誰にでも可能だからである。AKB48においても、芸能評論家などとは異なる論客がアイドル論を戦わせていたことは記憶に新しい。また中川翔子のように、饒舌にアイドルについて語るアイドルオタクのアイドルが登場したのも昭和にはなかったことだ。平成アイドルの特質は、そうしたアイドル論の視点を繰り込んでアイドルシーンそのものが展開していくところにもある。

そんなアイドル論的視点が浸透した証しが「プロデューサーの時代」の到来である。

90年代以降、私たちはアイドルだけでなく、そのアイドルをプロデュースする人物にも注目するようになる。なぜなら、アイドル論的視点を身につけたファンからは、プロデューサーが自分たちの延長線上にある存在と捉えられ、批評の対象になるからである。

華原朋美、安室奈美恵、鈴木あみ(亜美)らをプロデュースした小室哲哉、モーニング娘。や松浦亜弥などをプロデュースしたつんく♂、そしてAKB48や乃木坂46などをプロデュースした秋元康と、すぐにプロデューサーの名がアイドルとセットで思い浮かぶこと自体が平成ならではと言っていいだろう。またジャニーズのジャニー喜多川は60年代からの長いキャリアを持つが、そのプロデュース手腕が注目されるようになったのも平成になってからのことである。

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