独身が5割超、江戸男子に学ぶシングルライフ

吉原、居酒屋、コスプレ…今に続く文化を量産

当時長屋に住む独身男たちは、自炊こそあまりしませんでしたが、家で米だけは炊いていたようです。何も米だけを食べていたわけではありません。おかずとなる総菜は「棒手振り(ぼてふり)」という行商が売りに来てくれたため、料理の必要性がなかったのです。今風に言えば、デリバリー型フードサービスが充実していたわけです。

また、独身男性たちはほとんどモノを所有しませんでした。生活に必要な物はレンタルで賄うのが普通だったのです。そのためのサービスが、損料屋です。使用に際する代償を損料として受け取る商売でした。衣料品、布団、蚊帳、食器、冠婚葬祭具、雨具、道具、家具、畳、大八車などのほか下着のふんどしでさえレンタルするのが当たり前でした。これこそ現代でいうシェアリングエコノミーで、すでに江戸時代からあったのです。

元祖「会いに行けるアイドル」

江戸時代にもアイドルが存在していたことをご存じですか? 1760年代、谷中の笠森稲荷門前の水茶屋「鍵屋」で働いていた看板娘笠森お仙がそうでした。要はカフェのウェートレスなんですが、美人だと評判になり、美人画で有名な鈴木春信が彼女を描いたことで江戸中に拡散し、大人気となりました。

鈴木春信の美人画「笠森お仙」(画:メトロポリタン美術館所蔵)

「会いに行けるアイドル」の元祖です。あまりの人気に、茶屋では彼女の絵や手ぬぐい、人形などお仙グッズも売り出し、それがまた大ヒットしたそうです。まさに現代のアイドル商法と同じではありませんか。

ちなみに、笠森お仙は、人気絶頂期に突然姿を消したためストーカーによる誘拐拉致説も流れ、ファンの男たちは騒然となりました。が、真実は幕府旗本御庭番で笠森稲荷の地主でもある倉地甚左衛門の許に嫁いだとのこと。今でいえば、金持ちエリート実業家と結婚してアイドルを引退したというところでしょうか。オタクたちの純粋な恋が悲しい結末を迎えるのは江戸時代も今も変わらないようです。

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