「子供たちはみんな、驚くほど冷静でした。私が『お母さんの背中はまだ温かいから触ってみて』と伝えると、少しだけ触れて離れる子や、背中にじっと手を当てて、目を赤くしている子がいました。でも、一番下の美春さん(仮名、7歳)は、『絶対に嫌だ』と、お母さんには近づきませんでしたね」
大橋は子供たちが冷静だった理由を、後で知ることになる。
抱きしめて「命のバトン」を受けとる
看取り士の大橋は、かつては税理士事務所に勤務していた。加藤が経営する会社は当時の営業先の1つ。妻の美咲とも顔見知りだった。卵巣がんの摘出手術を受けた美咲は、大橋の紹介で、柴田久美子・日本看取り士会会長(65歳)の講演会などに参加。柴田の前向きな死生観に共感したという。
「人は誰でも良い心と魂、体の3つを持って生まれてくる。死によって体が失われても、良い心と魂は家族に引きつがれる。だから死は怖くない」
柴田会長が今まで約200人をその胸に抱いて、遺された家族とともに看取ってきた中でつかんだ死生観だ。柴田会長は、外資系企業で社長賞を受けたこともある元エリート社員。後に老人施設の介護士に転身した。
だが、「施設で死にたい」と希望しながら、最後は病院へ送られていく人を、つらい気持ちで見送っていた時期がある。その後、島根の離島で余命告知を受けた人と暮らす、「看取りの家」を約10年間運営していた。
看取り士の大橋は、大切な人を抱きしめて看取る理由を説明する。
「良い心と魂を引きつぐには、背中が温かい間は抱きしめたりして、そのエネルギーをゆっくりと受けとる必要があります。『命のバトンを受けとる』と言います。それができれば、家族もより自分らしく生きていけます。親を看取る前後に会社を辞め、新たな生き方を始める人もいます」
だが、約8割の人が亡くなる病院では、そんな悠長なことはできない。多くの場合、家族は遺体との別れを20分ほどで終えて一度退室。看護師が遺体からチューブ類を外し、着替えなどを約30分で済ませて、家族と再対面させる。遺体はドライアイスで防腐処理され、病院裏口から搬出される。
「自宅なら、家族で思い出話をしながら、大切な人の温かい背中がゆっくりと冷たくなる過程を、体をさすったりして共有することで、その死を理屈抜きに受け入れられます」(大橋)
大橋や柴田会長が、自宅での看取りを勧める理由だ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら